第51話 友情と恋心

「優衣菜さんのコトかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 眼鏡をパーーンと弾け散らし、慎吾が絶叫する。

 孝之はそのあまりの鋭さに、


「な、なんでわかったんだっ!!??」


 思わず言ってしまい、慌てて口を手で押さえた。


「なぁんでだTooとぉぅ~~~~~~~~~~??」


 ゆら~~りと立ち上がり、威圧的に見下ろしてくる慎吾。

 全身から怒りに満ちたオーラを渦巻かせ、影に隠れた顔には光る目だけが浮かび上がっている。

 そして怯える孝之にむかって、喉がぶっ壊れそうなくらいの大音量で叫んだ。


「貴様の態度と目と状況を考えれはそのぐらいいくらでも察しがつくわーーーーーーーーーーーーーーっ!! 四六時中しろくじちゅう優衣菜さんのことを想い、年百年中ねんびゃくねんじゅう優衣菜さんのことを考え、常住坐臥じょうじゅうざが優衣菜さんで己を慰めてる俺をMI・KU・BI・RU・NAみくびるなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ☆!!!!!!!!!!」


 なぁ~~なぁ~~なぁ~~……なぁ~~……。


 絶叫がエコーを引いて教室中に反響した。

 女生徒たちはケダモノを見る目で。

 男子生徒たちは先覚者せんかくしゃを仰ぐ目で慎吾を見つめていた。

 詰め寄られた孝之は目を泳がせつつ、


「い……いやその……な、なんにも……た、大したことじゃないんだ。……その……ちょっと、なんだろう? け、ケンカしちゃってな」

「ヘタな嘘をつくな嘘をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 顔面をくっつけ、ほとんど唇もくっつけながら詰め寄る慎吾。

 眼球も飛び出しそうになっている。


「貴様のその目!! まるで大事なものを失ったかのような!! いや!! 傷つけてしまったかのような罪悪感!! 懺悔の心が血の気を引かせ、不安の裂け目にいまにも落ちてしまいそうに怯えているではないかぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!?? 言え!! 何があった!?? 優衣菜さんの身になにが起こった!! 何をしたっ!!!! 返答次第ではこちらも抜くもの抜いてやるからな~~~~それだけWA覚悟しやがれぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!!!!!!」


 正気などとうに彼方にぶん投げて、無茶苦茶に喚き散らす慎吾。

 そんな狂戦士バーサーカーに押されて椅子から転げ落ちる孝之。

 机に置いた弁当が、衝撃で跳ね踊る。

 外れた蓋の下からは、先日と同じくカラシで書かれた優衣菜のメッセージが。


『お勉強がんばって。今日は早く帰ってきてね。パ・パ・♡』


「げっ!??」


 それを見た慎吾は、


「――――ぱぱぱぱっぱぱっぱぱっぱぱっぱぱぱぱぱぁ~~~~~ぱぱぱぱっぱぱっぱぱっぱぱぱぱぱぁ~~~~~~~~~~~~~~」


 なぜか競馬のファンファーレをアカペラし。

 そして「ガシャン」と自分で号令を下すと、


「ずぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおぉぉおぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉおぉおおぉぉおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉりゃぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 全速力で教室を出ていった。

 窓の外を見ると土煙を上げまくった慎吾という名の暴走機関車が校門を抜け、街へと消えていく。


 孝之はブレザーの襟を正すと、何事もなかったかのように椅子に座り直した。




 五限目――――古典。


 担当教師のラリホーをほとんど陥落寸前で耳に素通りさせていると、


(ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁ~~~~~~~~~~…………)


 遠くから聞き覚えのある変質者の声が。

 それはどんどんどんどん大きくなって、やがて教室の前まで迫ってくると、


 ――――ガシャァァァァンッ!!!!


 小ガラスを破壊しそうな勢いで扉がぶち開かれた。

 全員が注目する中、入ってきたのはもちろん慎吾。


 全身を武者鎧で包み込み、顔も面頬かめんで覆われていたが、誰もが彼であることを疑ってはいない。

 そして兜の前立に〝愛〟の一文字を掲げ、死をも覚悟した六文銭を胸に貼り付けた慎吾という名の赤武者は、


「神に七難八苦しちなんはっくは願えども、この身を裂けとは言ってはおらぬ。奈落ならくの底より深し業を、どうして許してやれるのか。かくなるうえは貴様を一刀のもとに両断し、俺も腹裂き、伴に地獄の沙汰さたを受けようではないか」


 血の涙をあふれさせ、ぬらりとダンビラを引き抜いた。

 先生は見て見ぬふり。

 生徒たちも落ち着いて、ガタガタ机を動かし花道を開けてやる。

 その先に座るのは孝之。

 彼はダラダラと流れ落ちる汗を拭きもせず、


「わ、わかったわかった!! と、とりあえず……一旦落ち着こう。落ち着いて俺の話を聞いてくれ!!」


 しかし慎吾は問答無用と刀を上段に振り上げ、無言で迫ってくる。

 孝之は慌てて携帯を取り出し操作する。


「……人生、十と七年……。無念と思うならば、せめて己の汚行おこうを悔いて逝け。覚悟ぁぁああぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」


 ――――ザンッ!!!!

 振り下ろされる斬罪ざんざいの刀!!

 そのやいばが届く寸前に、


「わ、わかった!! じゃ、こ、これやる!! やるから聞いてくれ!! なっ!!??」


 孝之が見せたのは携帯の画面、とある写真。


 ――――ビタリッ!!


 止まる刃。


 その中には〝汗で透けたシャツとヨレヨレのランニングパンツを履いた高校生モデル時代の優衣菜がトレーニングルームでヨガの花輪のポーズを決めているシーン〟が写っていた。


 それを見た慎吾は黙って刀を収めると、静かに向かいへ座る。

 そして自分の携帯への送信を確認すると、面頬かめんを外し、超が付くほどの男前な目線で一言。


「……五分。それが貴様との友情に払える限界だ」


 そう言って、釈明の機会を与えてくれた。

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