第49話 やられちゃった朝

「あ~~~~頭痛い……」


 ガンガンと痛む頭を押さえながら愛美アフロディーテは目を覚ました。

 一瞬、ここがどこだかわからなかったが、よく見ると優衣菜の家。

 テーブルの上と床には緑のビール缶やウイスキーの瓶が大量に散乱している。

 ソファーの上からそれをながめ、ようやく愛美アフロディーテは昨日のどんちゃん騒ぎを思い出した。


 現代の結婚感について熱く語り合ったあと、夫婦の役割分担のお題に移行した。

 そこで『共働き、共同家事、共同育児は平等なようでいて非効率。昔のように分担すべき、ビバ専業主婦』という優衣菜の意見と『万一の離婚後のことを考えれば女性も職を持っているべき』という孝之の意見が真っ向から対立し『リスクを意識した結婚なんて偽り。そんなのロマンがない』『現実に向かい合うことこそ結婚』『夢に生きてこそ人生』『安定の上にしか幸せはない』などと言葉が飛び交った。


 ただ……その後の記憶がどうにもボヤケている。

 けっきょく孝之もオッサン臭い、という結論に着地した気がしないでもないが……どうなんだろうか?


 首を掻きながら口をムニャムニャ部屋を見回す。

 すると――――「うおっ!??」


 隣のキッチンから廊下へと抜ける引き戸。そこに倒れている女の足が見えた。

 膝から下だけ見せているその白い足は、一見すれば死体にしか見えない。

 一瞬心臓が止まりかけた愛美アフロディーテだが、すぐにそれが優衣菜のものだと理解すると、タメ息を吐きながら立ち上がった。


「……まったく……ややこしい場所で寝やがって……ビックリするじゃんか」


 文句をつぶやきながら優衣菜へと近づく。

 昨日はコイツもさんざん飲んでたからな。

 孝之に絡みついて大暴れしていたような気がする……。

 床の上で力尽きるとか行儀悪いにもほどがあるが、飲みの席ではアルアルだ、仕方ないだろう……。


「なんて言いつつ……」


 そう思わせといて実は本当に死んでいました。

 とか。

 サスペンス的にはこれもアルアルだよな、とイタズラっぽく笑いながら優衣菜の有様ありさまを確認する愛美アフロディーテ

 だが。


「――――ぐっ!??」


 そこにあったのは、そんな想像よりもさらに斜め上の状況だった。


「な、な、な……なにがあったんだ……これは……?」


 愛美アフロディーテの目に映る光景。


 そこには近未来的なメイド服に身を包んで、頭にゴツいVRゴーグルを装着した優衣菜と、その向かいにロープでグルグル巻きにされ、口に猿ぐつわと目に革製のアイマスクをつけられた孝之が廊下の壁にもたれかかるようにしながら気を失っていた。


 優衣菜の手には先に輪っかがついたコントローラーらしき物が握られている。

 テレビモニターを見ると、どこかの劇場内のようなゲーム画面が見えるが、それがなんなのか愛美アフロディーテには皆目検討がつかなかった。


 ――――意味がわからない。

 しかし……とにかくこのままにもしておけない。

 とりあえず優衣菜の頬を叩いてみる。


「おい優衣菜、朝だぞ? いやもう昼か? 昼だぞ。起きろ、こんなとこでそんなものかぶって寝てたら顔に恥ずかしいアトがついちまうぞ? いいのか、おい」


 ぺしぺし。

 しかし一向に起きる気配はない。

 寝息は立てているので死んではないと思う。


「……しょうがない、じゃあ孝之を」


 同じように頬を叩いてみる。


「おい孝之、起きろ。もう昼だぞ。こんなところでこんなロープに縛られながら寝てたら変な夢見て変な趣味に目覚めちまうぞ? 目を覚ませ? じゃないと目覚めるから、はやく目覚めろ?」


 ぺしぺし。

 ややこしい起こし方をしてみるが、こちらもまったく反応がなかった。

 ……コイツ(未成年)も飲んだんじゃねぇだろうな……?

 一応息を嗅いで確認するが……。


「……う~~~~~~~~ん……まぁ……うん。ノーコメントで」


 調べなかったコトにして愛美アフロディーテは改めて考えを巡らせた。


 そしてしばしの後――――。

 携帯を取り出しカメラを起動させた。


 まずは、ありのままの状況を――――パシャリ。

 優衣菜からゴーグルを外し、孝之のロープと猿ぐつわ、アイマスクも外す。

 そして二人を恋人同士のように寄り添わせ――――パシャリ。

 手を握らせて――――パシャリ。

 抱き合わせて――――パシャリ。

 顔面(唇)をくっつけて――――パシャリ。

 そしてデキを確認。


「よしよし、完璧」


 これは使えるな、と満足気にうなずく。

 孝之には悪いが愛美アフロディーテ的にはいちおう優衣菜を応援している。

 なので、スキを見せたほうが悪いんだよ、と、トドメにもう一枚パシャリ。


「………………………………」


 しかしどうだろう、もう一押し欲しいよな?

 既成事実をアシストしてやるにしても……なにかこう……もっと決定的なインパクトが欲しい。

 熟考した愛美アフロディーテはやがて手をポンと打ち、静かに二階へ上がると優衣菜の部屋から布団を持って下りてきた。

 そしてそれをリビングに敷くと、


「さぁ~~~~って……」


 二人を眺め、悪魔の顔で舌なめずりをした。

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