第15話 誘惑
秘密の部屋がある。
この職業にはつきものだと思う。
ボクは離婚保険会社の調査員をしている。
世間からは蔑まされている生業とされる。
しかしフィーは高額だ。魂をそれで売ってるのがさらに憎まれている。
だからこそ事情のある人間が、魂の値札を釣り上げながら並んでいる。
ボクの事情は肉体改造の資金だった。
かつては男性と呼ばれる範疇にあったが、どうしても違和感が拭えなかった。恋愛対象が男性だったのは否定できない。そして女性とは友人関係から先には進めなかった。
だからシリコンで胸を作り、陰茎を落として造膣まで全ての手術を行なった。違和感を解消したいという渇望のままに得た肉体なのに、男性に身体を開くことが生理的にできないことに、まさに驚愕した。
まさに袋小路に陥ったと思う。
袋小路に追い詰めていた。
そのワインバーの特等席には仕掛けをしてあった。
ワインセラーとの仕切りがガラス窓になっている。
指向性マイクが室内に、超広角4Kカメラがそのワインセラーのラックに仕込んである。ここでの会話は全てボクのタブレットに記録されるし、カメラ操作で読唇ができるほど寄ることもできる。別室なのでレンズの操作音は届かない。
さて、意に反して神崎が背を向けている。
セオリーならば窓を望むように並んで座り、居並ぶボトルを堪能しながら会話をしているはずだ。なのに望月がその光景を独占しているのが、よく判らない。
またそれに応じる神崎にも苛々する。
「そこでいいの?」と望月が念を押した。
「ああ、この部屋は格別だね」
そう、あなたは知らないけれど、その部屋には格別の仕掛けが施されている。
密かな笑いを含んで「覚悟はあるのかしら」と彼女は言う。
「その位置に座ったら、貴方の視界には私しか見えないのよ」
その言いながら、望月は神崎の額にキスをした。
それは呼び水だと、今ならわかる。そして親愛の情を示しているとの逃げもできる。先に踏み込んだのは貴方の方だと、後々問い詰めることもできる。
神崎は、その背中を追った。
画像も拡大してみた。
背中をうねらせて中腰になった。
軟体動物が絡み合う、粘着質の音がする。
耳目を塞ぎたくなるが、逆に冴えてきた。
布擦れの音がする。ブラウスが左右に開かれている。
彼女はブラのフロントホックを、自ら外した。柔らかなものが重力に抗いながらこぼれ落ちた。
なるほど。
中々、達者な女だと冷静に思う。
手強いな、彼女。
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