離婚式

百舌

第1話 披露宴

  喪服のような、漆黒のドレスを着た。

  レースの網目が広くて肌が見えていた。

  旦那は逆に白いタキシードを着ている。

 そして相席の衣装室から再び、披露宴会場に出ることにうんざりした。

 離婚式だと衣装替えの部屋は相席しかないんだって。もうウンザリするほどの中身を知っているので、お互いの裸に何の興味もないわ。

 むしろ衝立しか障壁はないのに、意識的に視界は塞がれている。

 次の催しは指輪の返却だというのは打合せ通りね。

 旦那の皮脂に塗れた指輪などその場に捨ててしまいちゃいたい。それが手順では許されないって、あり得ない。この宴席は二度と再び両家が手を取り合わないということを確認するものだっていうけど。あり得ない。

 外した指輪は、石があれば綺麗に分離して、それぞれの小さな坩堝で溶かして地金に戻す。そうして確実に、徹底的に縁を断つ儀式なのだ。

 愛着もなければ、惜しくもない。

 ようやくここに辿り着いたわ。こうして素材に戻った貴金属は、離婚保険会社の取り分になるけど、未練なんてない。保険のおかげで今後の生活費には事欠かないはずだし。

 

 最近は偽装離婚なんてモラルのない人がいるせいで、離婚保険会社では担保となる貴金属のランクがあがってるって聞いた。制度改正前に契約していて本当によかった。落ち落ち離婚もままならない人生って不自由なものだ。

 宴席に戻ると鎮痛な表情をした親戚と、友人たちがそれぞれの分郎、分婦の周りに集まってきて、ねぎらいと慰めの言葉をかけてくれる。涙なんて出ない、むしろ晴々しい晴天のような気分だと思った。

 両家の人波がお互いに触れ合うことなく揺れ動いている。まるで水と油のようだ。お互いに視界に入らないように背を向けている。

 それが落とし穴になった。

 宴客の壁に包まれていたが、不意にそれが割れて旦那の姿が取り残されている。お互いの群れの中で意識的に、視界の外に置いていたからだ。

 旦那の肘が、わたしのドレスに触れると、あからさまにその場にいた皆が血の気を引かせて、一歩後ろに退く。わたしたちだけの無風空間がそこにあるって面白い。周囲の空気も凍りついている。


 そりゃそう。

 縁を分かちたい人たちの集まりだもんね、これ。

 

「ねえ、わたしと離婚して後悔している?」

 恋人だった頃の笑顔で、意図的に微笑んでみせる。

 ほら、これに惚れたのよね。貴方の好みは熟知している。

「いや、何を言ってるのかわからないほど幸せだ」

 相手も懐かしい笑窪で返してきた。

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