第3話「ワンピースの女の子」


「僕、昔から身体が弱くて、何度か入院をしたことがあるんだよ」

 聞き手の二人は黙って頷く。

「そのとき、知り合いの婦長さんから聞いた話で――」


『ワンピースの女の子』

 看護師さんのEさんはある夜、夜勤で病院に泊まり込んでいた。

 その病院の夜勤は二人体制で、その日はEさんのほかにFさんという先輩が当番になっていた。

 当然、細かな雑務は後輩のEさんが担うことになる。その間、Fさんはナースセンターの中で雑誌なんかを読んでいて、Eさんは正直あまりいい気がしなかったらしい。

 そんなことで、深夜の見回りもEさんが一人で行くことになった。

 二人で手分けした方が早いはずだけれど、「次は私が出るから」とFさんに押し切られたのだ。Fさんと組む日はたいていそうで、ほとんどの場合はFさんが眠り込んでしまい、結局次もEさん一人で見回ることが多かった。

 懐中電灯で廊下を照らしながら歩いていくと、目の前に人影が現れた。

 一瞬ぎょっとしたが、人影の背格好が子どものものだったので、少しホッとする。入院患者の中に夢遊病の傾向のある子どももいたからだ。

「だあれ? お部屋に戻ろう」

 Eさんはそう声を掛けて、明かりを向けた。

 赤いワンピースを着た、おかっぱの女の子だった。

「どの部屋の子?」

 言いながら、Eさんは違和感に気付いた、

 患者はパジャマ姿のはずなのに、その子はワンピースを着ている。

「お姉さん」

 その子が話しかけてきた。

「何?」

「お花ってどこにある?」

「お花? 花瓶に生けてあるお花のこと?」

 女の子は首を振る。

「お花。黄色と白の」

 そんなものあっただろうかと考えて、「さあ。屋上の花壇にはあった気がするけど」とEさんは言った。

 その途端、その子の唇がキリキリと吊り上がった。

 きゃはははは、と笑う。

 手足がくねくねと、おかしな方向へと曲がり始めた。

「アリガト、オ姉サン」

 蜘蛛のような手足を動かして、その子は換気ダクトの格子を外し、その中へと入って行ってしまった。天井裏でカサカサと動き回る音がする。

 肝を冷やしたEさんはナースセンターに駆け込んで、Fさんをたたき起こした。

 Fさんは眠りを邪魔されて不機嫌ながらも、Eさんの話を聞いてくれた。

「夢でも見たんじゃないの」

 つっけんどんな態度を取りながらも、代わりに残りの巡回をしてくれるという。

 Eさんが落ち着かないままナースセンターで過ごしていると、Fさんが青い顔で戻ってきた。

 聞くと、ある病室の前を回ったときに、換気口が外されていることに気付いたという。そして、まさかと思いながら中に踏み入ると、首の異様に長い女の子が、入院している患者たちの顔を覗き込んでいたそうだ。

 驚いて懐中電灯を取り落とすと、女の子がFさんの方に顔を向けた。そのままにたりと笑って、また換気ダクトへ入り込んでいったらしい。

 それ以来、その女の子は目撃されていない。しかし、もしかしたら今でも、換気ダクトの中を動き回っているのかもしれない――そうEさんは感じている。


「嫌だな」

「嫌だね」

 聞き手の二人はそう言い合っている。

 沈黙が訪れた。

 今の話をした一人が、遠慮がちに切り出す。

「僕は最初に言ったとおり、この話を婦長さんに聞いたんだ。――実は、Eさんって若い頃の婦長さんのことね」

「やっぱり、実体験かよ」

 聞き手の一人がうめく。

「それで聞きたいんだけど、二人は誰から話を聞いたの?」

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