怪談シンギュラリティ
葉島航
第1話「天井の下」
暗い。
辺りは闇に包まれている。
蝋燭の頼りない明かりが三人の影を映し出した。
「じゃあ、僕から話そうか」
一人が言う。
「これは僕の知り合いに聞いた話なんだけどね――」
『天井の下』
Aさんは旦那さんと生まれたばかりの息子の三人で暮らしていた。
住居は古いアパートの一階で、Aさんと旦那さんは「早く戸建てに住みたい」とよく話していたそうだ。三人が寝るときには、庭に面した部屋で、息子を中心にして川の字になっていた。
ある夜、Aさんは地震による強い揺れで目を覚ました。
息子の方を見ようとした直後、ドーンというとてつもない音がする。
慌てて起き上がると、Aさんの横で、旦那さんが息子を抱きかかえて立っていた。
旦那さんの向こう側に、巨大な瓦礫や木片が積み重なっている。ドーンという音は、Aさんたちが寝ていた部屋の天井が崩落した音だったのだ。
息子には怪我もなさそうだったので、Aさんはほっと胸をなでおろした。
「とにかく、外へ行こう」
そう言って、Aさんたちは着の身着のまま屋外へと避難した。近所の人たちも、続々と家から出て集まっていた。
そのうち息子がぐずり始めたので、Aさんは息子を連れ、比較的被害の少なかった家の部屋を借り、授乳をすることにした。
授乳を終えてまた外へと出ると、旦那さんの姿がない。最初は、誰かと話でもしているのだろうと考えていたのだが、いつまで経っても戻らなかった。Aさんは近所の人たちにも声を掛けて旦那さんを探したのだが、見つからない。
結局、Aさんは旦那さんと再会できぬまま、避難所へ移動することになった。
後日、崩れた天井の下から、旦那さんのつぶれた遺体が発見された。警察から、遺体の損傷が激しいため、面会はしない方がいいと伝えられた。
「夫は地震の直後、一緒に外へ避難したんです」
そう主張し続けるAさんを、警察や病院関係者がたしなめた。遺体の状態から、天井が崩れた瞬間に、重みで即死したと考えられるらしい。
「では、あのとき息子を抱いてくれていたのは、いったい何だったのでしょうか」
Aさんは今も分からないという。
「お父さんが赤ちゃんを守ってくれたって話だね」
聞き手の一人がしんみりしている。
もう一人が、少しおどけた調子で「でもさ」と言った。
「俺、こういうの聞くといつも思っちゃうんだけど、本当に幽霊だったのかな? 赤ちゃんを奥さんが連れて行った後で、何かを取りに部屋へ戻って、そこで次の崩落に巻き込まれたとか――悪いな、話の腰を折りたいわけじゃないんだが」
話し手が「いや、別に」と手を振る。
「僕も詳しくは知らないんだけど、旦那さんはやっぱり最初に崩れた天井の下敷きになっていたらしい。だから、後からっていうのは考えにくいかもね」
納得したのかしていないのか、質問した一人は「ほんほん」と頷く。
「じゃあ、次は誰が話す?」
聞き手だった二人は顔を見合わせた。
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