第194話 秋人と隼斗(8)
「あのう、名前は何と呼べばいいでしょうか。私は
秋人が漣の後で声を掛けた。秋人の隣では、隼斗が歩幅を合わせ一緒に歩いている。
「漣だ。そっちのチッコイの秋人の弟か?」
目を大きくして漣が振り向いた。隼斗が「はあっ」と口を大きく開けて漣を見返すと、漣は「ははは-」と明るく笑った。
「俺はこいつより年上だ。それに全くの他人だ」
(俺を子供扱いするけど、この漣て女こそまだ子供じゃないか)
隼斗が漣に目を向けながら、器用に秋人に合わせて歩いている。道幅が狭いので、
「そうか、そうか。それは悪かったよ。でっ、お名前は?」
「隼斗だ。自己紹介も終わったところで、さっきの話の続きをしてくれ」
隼斗が早口でせっつくと、漣が一瞬、困った顔をした。
「あの村は、強力な神が支配している。その神が人の味方で助けてくれればいいが、とんでもない支配者だ。その支配のせいで、村の人も神々も苦しんだ。最後には、呪いのせいで人は村に存在しなくなった。だが、村の神々はいまも囚われている。そこに実菜穂たちが現れた。その支配する神から、呪われた人と神々を解放するためにな」
漣は事のさわりを伝えた。困った顔をしたのは、話せば果てしなく長くなるので、
「聞いてもいいか。いろいろツッコミたいが、それは置いておく。どうして
隼斗が秋人の隣で機械のように歩きながら、漣に声を掛けた。漣のあとについて行く秋人の息があがっているのに対して、隼斗の呼吸は乱れず、声にも力強さがあった。
「霞は巫女だ。しかも
「悪いが、言ってることがよく分からない」
「街での出来事を聞いているなら知っているだろ。人には見えなかったかもしれないけど、異様な現象が起こった。それは何とか鎮めることができたけど、放っておけば、もっとヤバイことが起こるんだよ。あの街だけではなく、至る所でだ。人に不幸が撒き散らされるんだよ」
漣が顔だけを振り向け、秋人と隼斗に視線を向けた。その視線は、説明を納得させるだけの凄みを持っていた。
「村の事情は知らねえが、どうして霞が行かねばならないんだよ。その風の神に
隼斗の言葉に、秋人がグッと奥歯を噛みしめたのと同時に、漣が振り向くことなく答えた。
「違うな。霞は自らの意志で来た。それは、分かるよ。私は、霞と拳を交えた。まあ、最後にはボロボロにやられたけどな。だけど、あいつ、ボロボロになった私を見て大声で泣きやがった。強いのに、どこまでも優しいのが霞だ。そんな奴が、人が苦しむのを分かっていて放っておくわけないだろ。隼人、どう思う」
(あのとき霞を無理にでも引き留めておくべきだった。あいつの言葉は、その覚悟をしていたということか。なぜ、気がつかなかったんだ)
漣の問いに隼斗は黙ったままだった。納得をしたという表情ではあるが、そこには後悔の色もあった。秋人には、その表情の意味が分かった。
その後は、隼斗も秋人も黙ったまま漣について行った。
かれこれ歩いてきた。秋人はかなり息が切れているが、隼斗はまだ余裕だった。漣が足を止めて辺りを見回した。
「どうした? 休憩か」
隼斗が漣に声を掛けた。秋人はその場に腰を落とし、携帯していた水を口にした。
「いや。たしか、ここにはナナガシラを隔てて湖があったはず。なのに
漣が不思議そうにあたりを
「漣さん、ここには湖どころか池すらないですよ」
秋人が衛星写真を拡大して見せた。隼斗が隣で覗き込んでいる。
「あんた、記憶大丈夫かい。見たところ、このあたりは更地になっているぜ」
隼斗の言葉を聞きながら、漣がアチコチ見て回っている。
「おかしいなあ。確かにここは湖だったけど……これか」
漣は更地にある小さな石が立ててある塚を見つけた。
「何かありましたか」
秋人が漣に近づいて行く。隼斗も引っ張られていった。
「湖は消えてるな。それだけじゃない。このあたり一帯、私が知っている頃と地形そのものが変わっている」
「知っている頃っていつですか」
秋人がタブレットを持って聞いた。
「百年くらい前か。でも、この塚は最近だな。原因は分かった。もう日が暮れる。行こう」
漣は足を速めて道を進んだ。
「おい、秋人。お前、なぜツッコマない」
「何をです?」
歩きながら二人が声を潜めて話をした。
「あの漣って女。百年前の話をしていたぞ。おかしいだろう。どう見てもあいつ中学生だぞ」
「当然ですよ。人じゃないですから」
「はぁぁぁ!」
「考えれば分かります。霞ちゃんと戦える人なんて、巫女以外にいません。巫女でないのなら、漣さんは人じゃない存在でしょう」
タブレットを持つ秋人が、平然とオカルト的な話をしているのを、隼斗は混乱しながら聞いていた。
山の夜は早い。日が
「着いた。なんとか、無事に夜が過ごせそうだな」
漣が示した先には石造りの階段があり、その上に朱色の鳥居が見えた。
「ここはどこですか?」
秋人が息を荒くして階段を見上げた。
「
漣が二人を見ると謎めいた笑みを見せていた。
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