第194話 秋人と隼斗(8)

 れんが先頭になり、山道を歩いている。村をぐるりと外回りに歩き、そこから途中で一山超えることになる。登山道でもなく、整備されてもいない道は、漣がいなければ迷っても不思議ではない。さらに、鎖で繋がれた秋人あきと隼斗はやとには、歩きにくさもあった。


「あのう、名前は何と呼べばいいでしょうか。私は金光秋人かねみつあきとです」


 秋人が漣の後で声を掛けた。秋人の隣では、隼斗が歩幅を合わせ一緒に歩いている。


「漣だ。そっちのチッコイの秋人の弟か?」


 目を大きくして漣が振り向いた。隼斗が「はあっ」と口を大きく開けて漣を見返すと、漣は「ははは-」と明るく笑った。


「俺はこいつより年上だ。それに全くの他人だ」


(俺を子供扱いするけど、この漣て女こそまだ子供じゃないか)


 隼斗が漣に目を向けながら、器用に秋人に合わせて歩いている。道幅が狭いので、つまづいたら谷に転げ落ちてしまう。


「そうか、そうか。それは悪かったよ。でっ、お名前は?」

「隼斗だ。自己紹介も終わったところで、さっきの話の続きをしてくれ」


 隼斗が早口でせっつくと、漣が一瞬、困った顔をした。


「あの村は、強力な神が支配している。その神が人の味方で助けてくれればいいが、とんでもない支配者だ。その支配のせいで、村の人も神々も苦しんだ。最後には、呪いのせいで人は村に存在しなくなった。だが、村の神々はいまも囚われている。そこに実菜穂たちが現れた。その支配する神から、呪われた人と神々を解放するためにな」


 漣は事のさわりを伝えた。困った顔をしたのは、話せば果てしなく長くなるので、まとめるのに苦労したからだ。


「聞いてもいいか。いろいろツッコミたいが、それは置いておく。どうしてかすみがあの村に行かねばならないんだ」


 隼斗が秋人の隣で機械のように歩きながら、漣に声を掛けた。漣のあとについて行く秋人の息があがっているのに対して、隼斗の呼吸は乱れず、声にも力強さがあった。


「霞は巫女だ。しかも太古神たいこしんの風の神の巫女。その神の意志を受けたからじゃないのか」

「悪いが、言ってることがよく分からない」

「街での出来事を聞いているなら知っているだろ。人には見えなかったかもしれないけど、異様な現象が起こった。それは何とか鎮めることができたけど、放っておけば、もっとヤバイことが起こるんだよ。あの街だけではなく、至る所でだ。人に不幸が撒き散らされるんだよ」


 漣が顔だけを振り向け、秋人と隼斗に視線を向けた。その視線は、説明を納得させるだけの凄みを持っていた。


「村の事情は知らねえが、どうして霞が行かねばならないんだよ。その風の神にそそのかされたのか」


 隼斗の言葉に、秋人がグッと奥歯を噛みしめたのと同時に、漣が振り向くことなく答えた。


「違うな。霞は自らの意志で来た。それは、分かるよ。私は、霞と拳を交えた。まあ、最後にはボロボロにやられたけどな。だけど、あいつ、ボロボロになった私を見て大声で泣きやがった。強いのに、どこまでも優しいのが霞だ。そんな奴が、人が苦しむのを分かっていて放っておくわけないだろ。隼人、どう思う」


(あのとき霞を無理にでも引き留めておくべきだった。あいつの言葉は、その覚悟をしていたということか。なぜ、気がつかなかったんだ)


 漣の問いに隼斗は黙ったままだった。納得をしたという表情ではあるが、そこには後悔の色もあった。秋人には、その表情の意味が分かった。


 その後は、隼斗も秋人も黙ったまま漣について行った。


 かれこれ歩いてきた。秋人はかなり息が切れているが、隼斗はまだ余裕だった。漣が足を止めて辺りを見回した。


「どうした? 休憩か」


 隼斗が漣に声を掛けた。秋人はその場に腰を落とし、携帯していた水を口にした。


「いや。たしか、ここにはナナガシラを隔てて湖があったはず。なのに更地さらちになっている」


 漣が不思議そうにあたりを探索たんさくしている。秋人はバックパックからタブレットを取り出し、操作をした。


「漣さん、ここには湖どころか池すらないですよ」


 秋人が衛星写真を拡大して見せた。隼斗が隣で覗き込んでいる。


「あんた、記憶大丈夫かい。見たところ、このあたりは更地になっているぜ」


 隼斗の言葉を聞きながら、漣がアチコチ見て回っている。


「おかしいなあ。確かにここは湖だったけど……これか」


 漣は更地にある小さな石が立ててある塚を見つけた。


「何かありましたか」

 

 秋人が漣に近づいて行く。隼斗も引っ張られていった。


「湖は消えてるな。それだけじゃない。このあたり一帯、私が知っている頃と地形そのものが変わっている」

「知っている頃っていつですか」


 秋人がタブレットを持って聞いた。


「百年くらい前か。でも、この塚は最近だな。原因は分かった。もう日が暮れる。行こう」


 漣は足を速めて道を進んだ。


「おい、秋人。お前、なぜツッコマない」

「何をです?」


 歩きながら二人が声を潜めて話をした。


「あの漣って女。百年前の話をしていたぞ。おかしいだろう。どう見てもあいつ中学生だぞ」

「当然ですよ。人じゃないですから」

「はぁぁぁ!」

「考えれば分かります。霞ちゃんと戦える人なんて、巫女以外にいません。巫女でないのなら、漣さんは人じゃない存在でしょう」


 タブレットを持つ秋人が、平然とオカルト的な話をしているのを、隼斗は混乱しながら聞いていた。



 

 山の夜は早い。日がかげりだすと、辺りは暗くなった。足元がよく見えなくなった頃、漣が振り向いた。


「着いた。なんとか、無事に夜が過ごせそうだな」


 漣が示した先には石造りの階段があり、その上に朱色の鳥居が見えた。


「ここはどこですか?」


 秋人が息を荒くして階段を見上げた。


鉄鎖てっさの神の神社だよ」


 漣が二人を見ると謎めいた笑みを見せていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る