第187話 秋人と隼斗(1)

 桃瑚売命とこのみことが沼地へと続く道を歩いている。道の途中に石塚いしづかがある。沼地まで半分の距離を示す目印だ。そこに白い影が見えた。夕日が白い着物を照らし、紗雪さゆきが立っていた。


 紗雪の姿を見つけると桃瑚売命は、「チっ」と悔しそうに舌打ちをした。


「待たせたみたいね」


 静かに立っている紗雪の前に桃瑚売命が声をかけた。遠目に見れば、奥手で大人しい少女と、勇ましい少女武者が語り合っている姿に見える。


「私もいましがたここに来たところです」

「そう。それで、これからどうすればいいんだ」


 桃瑚売命が長巻ながまきを地につけ、座り込んだ。紗雪も腰掛の石にゆるりと座った。


「桃瑚売命が言ってました『下手くそな巫女崩みこくずれ』という人に動いていただこうと思います」

「はあぁぁぁ?」


 桃瑚売命はわけが分からないという顔をして紗雪を見た。


「いましばらくは、ここで様子を見ていましょう」

 

 紗雪が山の地の方向に視線を移していた。




 川の地の表鬼門おもてきもん封印ふういんしたことで、実菜穂は、山の地へと向かっていた。隣にはみなもが一緒に歩いている。


「ねえ、みなも。いまになって気がついたけど、ここは夕方のままだね」


 実菜穂が村の小道を歩きながら、夕日を眺めていた。


「そうじゃな。鉄鎖の神の力で完全に外の世界と隔離されておる」

「そのことだけど。ここと村の外では何が違うの?」


 クルリと周りを見渡しながら、実菜穂がみなもと向かい合って歩いている。とうぜん実菜穂は、後ろ向きで歩いていた。


「ここと外は切り離されておるのじゃが、実菜穂が生きているということ自体、なにも外とは変わりがない。ここが夕刻であること以外にはの」

「夕刻であること以外……ああ、待って。それって、もしかして時が止まっているってこと?」


 丸くなった目でみなもを見た。その目は、小さなときから変わらない素直で、純真なままの実菜穂の目であった。みなもは、そんな実菜穂を愛おしく見つめていた。


「お主、なかなか鋭いのう。たくましくなったのう」

「いやいや、それほどでもお。みなもといれば、大抵のことには驚かなくなるよ」

「そうか。話を戻すが、時が止まっているということは、ここにいる限り年は取らぬでな」


 みなもが、軽く上目遣いで実菜穂を見上げた。実菜穂の反応が気になっていた。


「じゃあ、神様はともかく、私や陽向ひなたかすみちゃんは、ここにいる限り学生のままなんだあ。もし、ずっとあとになってここを出られることがあれば、秋人は大人になって、お父さんと同じくらいの歳になってるかな。そのときは、お嫁さんもいて、子供もいるのかな。秋人のことだから、きっと、優しいお父さんになってるね。ははは、面白い。私たち浦島太郎だね」


 実菜穂が笑いながら夕日を見ている。みなもは、夕日が実菜穂の瞳に浮かぶものを輝かせているのを見つめていた。


(実菜穂。ここをすぐにでも出られるようにする。お主を悲しませることはせぬ)



 みなもは実菜穂の横にそっと付き添い歩いた。





 朝を迎えたナナガシラの門の前にスマホとタブレットを持ち、バックパックを背負った男が立っていた。秋人である。


「ここだ。間違いない。ナナガシラ。七頭村だ」


(嫌な予感はしていた。昨日からずっと実菜穂と連絡がつかない。陽向も同じだ。ここに来て、確信した。僕にも感じる。重い感覚)


 異様な気配を感じながら、秋人が門に向かい歩いていった。



「えっ!」


 門をくぐったはずの秋人が見たのは、ナナガシラの門である。


「こんなことって」


 秋人は振り返ると、そこには辿ってきた道が見えるだけだった。

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