第186話 巫女と鬼(12)
沼の
(沼の神の嘆き、この地の人の苦しみ。裏切りの名を着せられた沼地の人が、孤立をしていたのは、外から見て知っていました。手を出すつもりはありませんでしたが、みなもが動いたのであれば、
沼の地を見渡し、紗雪は社の中へと入っていく。
「じきに
静かに、そして透きとおった少女の声で紗雪は呟いた。
社の裏手にある鬼門へと入っていく。神という空気を全く漂わせず、紗雪は一人の少女そのものとなっていた。村の巫女、あるいは、村の為に身を捧げる娘のように人の儚さを滲ませていた。
鬼門を進む紗雪の前に随分と
「おい、娘どこへ行く」
男が紗雪の行く手を遮るように前に来た。紗雪は男の顔を見上げ、微笑んでいる。男にはその微笑みが、自分の身を護るための精一杯の行動のように見えた。
「ここに人が来るとは、迷い込んだな。もう帰れぬぞ。お前は、ここで食われるのだ」
男の姿が鬼へと変わっていく。丸々とした巨体を晒した。紗雪は自分の背丈の二倍以上はある鬼を見上げていた。
「お尋ねします。ここは沼地の鬼門なのでしょうか」
「そうだ。お前はどこから来たのだ。よくここに入り込めたものだ」
「沼の地からここに入りました。それでは、あなたがこの鬼門の鬼でしょうか」
紗雪は怯える様子もなく、ただ純真な瞳のまま笑みを浮かべ、聞いた。
もし、このとき鬼がこの少女が雪神だと気づいて、何もかも投げ出し逃げるか、あるいは、その場で地にひれ伏したのなら、もしかしたら命はあったかもしれない。だが、鬼は知らな過ぎた。目の前にいる少女が、
そう、知らないということは、己の身を滅ぼすことさえもあるのだ。
このとき紗雪の右手では、
鬼は紗雪を、迷い込んだ人の子だと思い込んでいた。
「もうお前は帰れないぞ。ここで死ぬまで精を搾り取られるか、それともいますぐ、叫び声を聞きながら、食ってやろうかあぁぁぁぁぁぁーん」
ピッ!
音すら聞こえなかった。敢えて表現すれば、見えない何かが空間を切り割いた音を感じたというところだろうか。
鬼は自分の身に起こったことが分かっていなかった。
紗雪の右手に凍気の刀が姿を現した
鬼の視界が流れていくなか、紗雪が刀を振り切って止めている姿を見ていた。体半分になり、鬼の上半身は地に落ちた。
「お前何者だ。人ではないのか? 巫女か。いや……」
鬼は生きていた。体半分になっても、声すら途切れていなかった。
紗雪が凍気で作り上げた刀を振ると、地面に突き刺した。すでに決着をつけた振る舞いである。
戦いを終えたとばかりに、油断をしている紗雪を見て鬼は笑った。
「ははは、お前は終わりだ。何者かは知らないが、この俺は倒せない。油断したな、女」
鬼が叫んだ。
「俺の力は……力はー」
鬼が反撃に出ようとするが、思うようにいかないことに
「無駄です」
紗雪が鬼を見下ろしている。
「何がだ? 俺の力は」
「
「なぜそれを」
驚く鬼を紗雪は、銀色の光を放つ瞳で見下ろしている。
「沼地の鬼は、沼の力を受け、
「なぜそれを知っている? それになぜ再生しない。お前は何者だ。巫女じゃない。神か」
鬼が紗雪を見上げた。紗雪の瞳を見た瞬間、言葉を失い、息すらも止めてしまうほど恐怖を感じた。
「よく身体を見てください」
鬼は横に立つ己の下半身の切り口を見た。その切り口は凍りつき、徐々に崩壊している状態であった。
「なっ」
驚く鬼を紗雪は見下ろしている。かつて鬼自身が人を喰らったとき笑い見ていた人の怯える顔そのものの表情になった。圧倒的な力の差、それを
「その身体は凍気により凍りつき、身体は再生が出来ぬまま
紗雪は凍りつき崩壊していく鬼を見ていた。やがて、御霊だけをその場に残し、鬼は消えた。
紗雪は土の神の御霊の欠片だけを拾い上げると、鬼門を封じ沼の地へと引き返していった。
鬼門の中には、白く光を放つ凍気の刀が地に刺ささり、永久の
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