第171話 黒と白(7)

 れんの目に影の正体が映った。


(こいつら、鬼じゃないか。雑魚ざこなんかじゃない。一体、一体が固有の力を持っている。なるほど鬼神擬きじんもどきか。数は・・・・・・百はいる。なんてこった。二、三体くらいなら相手もできるが、こりゃあ、多勢に無勢だよ。なんだか情けなくなってきた)


 漣が刀を抜き辺りにオーラを張り巡らせ身構えた。


(く~、アワ蜘蛛の気配が遠ざかっていった。逃げられたな。逃げた理由はこれか。私としたことが全然気がつかなかった。とにかく、ここを切り抜けねば)


 突破口を開くために、目の前の鬼に切りかかった。漣の前には身の丈三メートルほどの巨大な鬼がいる。大きな手が風を切り裂き、漣を払いのけようとする。それを避け、上段から腕をたたき切ろうとしたそのとき、横から強力な一撃をくらい弾き飛ばされた。


 ドガッ! ダーン!


 再びコンクリートの壁に叩きつけられた。漣を弾き飛ばした相手がドッシリと立っていた。もう一体の別の鬼である。その鬼はイノシシの顔をしていた。


 鬼もその種は多くある。鬼神擬きじんもどきは神の技の一つを持つと言われ、植物、獣、鳥、昆虫、魚など様々な姿の鬼がいる。だが、その多くは人が想像している鬼の姿であった。さらに、技だけでなく神の力を得た鬼は鬼神きじんと呼ばれた。特定の神のしもべである漣に対して、決まったあるじを持たない鬼神は似て異なる存在と言えた。


「いーたーいー。やりやがったなあ」


 漣がしたたかに打ちつけた肩を撫でている。


「うん?破れていない」


 雪神から授かった衣装を改めて見ると、ほころびどころか塵一ちりひとつの汚れもなかった。


(さすが雪神様から授かったもの。これなら、思いっきり暴れても大丈夫か・・・・・・!?)


 研ぎ澄まされていく漣の感覚が人の気配を感じるとともに、危機を察知した。

漣がぶつかった壁の上には照明器具は設置されていた。それが衝撃でいまにも落ちようとしているその真下に、人がいるのだ。


「おいおい。冗談じゃない」


 漣が目にしたのは二人の男だった。三人組の男に声をかけた白風はくふうのチームの者だった。漣を追いかけて屋上まで来ていたのだ。


 漣はすぐさま男たちのもとに駆け寄ると、二人を両脇に抱え、グイッと二メートルほど飛び退いた。


 ガシャーン!


 ガラスが砕け散る音とともに、男たちがいた場所に巨大な照明器具が落ちてきた。


 十六、七歳ほどの少女に抱えられ、命を失う危機を脱したことに男たちは驚いている。


「助かった。ありがとう。もしかして、きみはかすみっていう名前じゃないのか」


 男の一人が漣に訊ねた。


「違うよ。だが、霞は知っている。いまはここにはいない。それよりも、ここを逃げるぞ」


 漣は男を抱えると翼を広げ、そのまま屋上から飛び降りた。フワリと人目につかぬ建物の陰に降りると、腕をいた。男たちは、夢を見ていたかのような顔をしている。一気に屋上から飛び降りて無事なのだから、無理もないことである。


「お前たちに頼みがある。いま、このあたりは危険だ。人を遠ざけてくれないか。さっきみたいに物が崩れることがある」

「その前にきみは霞の知り合いなのか」

「そうだよ。お前の言ってる霞って、華奢きゃしゃなのに滅茶苦茶めちゃくちゃ強い女の子のことだろ」

 

 漣の言葉に男たちは互いに顔を見合わせて頷いた。


「分かった。きみの言うことに従う。リーダーからの命令だしな。あの建物の周りから遠ざければいいんだな」

「できるだけ遠くに頼む。あっ、お前たち、あそこに何か見えるか」


 漣が建物の屋上を指さした。


「屋上しか見えない。他には何も」

「そう。わかった」


 男たちが首をふり返事をすると、漣は軽い笑みを見せた。


(人には見えていないか。それなら、大騒ぎは避けられるか)


「じゃあ、頼んだよ」


 漣は勢いよく駆けていくと、再び屋上へと飛び上がった。


 飛び上がる漣に、何体もの鬼神擬きが襲いかかってきた。漣は刀を抜くと素早い振りで切り払った。数が多く、入れ代わり立ち代わり襲ってくるため、ダメージは与えるものの、止めを刺すことができずにいた。


消耗戦しょうもうせんは不利だな。それにしても、これだけの鬼がどこから、何の目的で来たのだ。考えられるは、アワ蜘蛛狙い。土の神の巫女を消しに来たというところだな。だとすれば、ナナガシラの鬼門から来た。鬼門が完全に潰される前に、先手を打ったか。送りだすことができるとすれば、沼の地。だとすれば、大鉤おおかぎ指図さしず


 漣が再び屋上に立つ。そこには無数の鬼神擬きが漣を待ち構えていた。

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