第167話 黒と白(3)

 夕暮ゆうぐれの街中は人で賑わっていた。夏休み後半ということもあり、学生や家族連れの姿も多い。


 雑居ざっきょビルの裏口にれんが飛び出してきた。白新地しらあらたのちの門を通りぬけた先がこの裏口なのだ。周りを見渡すと視線の先から人が動く賑やかな音が聞こえてくる。


(なんだ?ここが街というところか。想像していたよりも随分と騒がしいな)


 裏通りを抜け、大通りの人が多い道へと出てきた。


「わっ」


 ジックリと表通りを眺めようとしたが、歩く人が多すぎて突っ立っている漣にぶつかりそうになっていた。漣は持ち前の素早さで人の間をすり抜けると、流れにのって歩き始めた。


(それにしてもすごい人。村の祭りどころではないな。しっかし、これだけの人の中で土の神の巫女を見つけ出すのは骨が折れるぞ。雪神様は、この場で出会うことができると言っていた。必ずどこかにいるはずだ)


 人混みを歩く漣が、「おやっ」と周りの人の姿を意識した。子供、若者、大人まで様々な服装をしている。特に漣と同じくらいの歳の男女とも、肌をあらわにした服装が多く、初めて見る漣は珍しくて目で追っていた。そのような人たちの中で漣のミニスカート姿はうまく溶け込み、雪神の言葉のとおり目立つことはなかった。


 夕日に人の姿が照らされていた時間は過ぎ、店の看板や街灯の明かりが人の姿を映していた。多くの人たちの気を探りながら歩き回っていた漣であるが、さすがに疲れも出て街灯がいとうの影にある植え込みのへりに腰を落とした。漣とあいだを開けて何人かの女の子が同じように腰を落とし、スマホを眺めていた。


(まいったぞ。おそらく水面みなもの神様たちは、鬼門封きもんふうじをやっているところだ。なのにこっちは肝心の土の神の巫女の手掛かりすらない。これだけの人の中でどうやって探せばいいのだろう)


 探すあてが全く見つからない状態にさすがの漣も溜息をつくと、ジーっと人の流れを眺めていた。


「おやあ、もしかして待ち人来ずかなあ」


 漣が声の方に顔を向けると三人の男が立っていた。見かけはかすみよりは年上に見えるが、まだ子供っぽさを残した雰囲気が感じられた。夏っぽい軽い服装で、一人は金髪のヤンチャな感じである。


「おーっ、当たりだあ。ついてるなあ、俺たち。きみけっこう可愛いね。ねえ、こういうの初めてじゃないでしょ。待ちあわせまで暇なら、カラオケにでも行かない」

 

 一人がにこやかに声をかけると、漣は「ハハハ」と愛想笑あいそわらいをした。


(なんだあ。これは、村でもあった『ひっかけ』ってやつか。人ってやつは困ったものだな。とにかく騒ぎは面倒めんどうだぞ)


「あっ、ごめん。私、人を探していて」


 漣が立ち上がり男の間を抜けようとしたとき、金髪の男が漣の手を握ろうとした。

 

 漣の手は男の手とかすることもなく、すり抜けていった。

 

(なっ!?)


 男が振り返ると、ヒラリとミニスカートをひらめかせた漣の後姿が人混みの中に消えていった。




「うわあーっ。まいったね」

 

 人の波をすり抜けてれんは男たちをくと、ヒョッコリと後ろを振り返り、ついて来てないか確認した。


(まあ、あの程度の人ならこんなものか)


 笑いながら正面に顔を向けたとき、漣の目は大きく開き固まった。


ゆう!)


 思わず声を上げそうなのを抑え、心の中で叫んだ。


 学生服の優が歩いている姿に漣は注目しながら、素早く距離を置き横に離れていった。


(優が生きているはずがない。土の神の御神体ごしんたいを返したことで、呪いは解けたはず。それと同時に優は御霊みたまとなり解放される。だとすれば、あれは優ではない。優の姿を借りた者。アワ蜘蛛か!)


 漣の眼が光ると、優の後をつけ始めた。


 街はよいのうちへと誘われていた。

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