第162話 鶴と烏(7)
幻覚ではない。全てが本物であることは、山の神の
ゆっくりと歩みを進める漣の瞳に、白い着物と白い帯姿の少女が映った。
雪神のオーラに取り込まれそうになっていた漣は、思わず懐にある短冊を強く抱きしめた。緊張する漣の心を短冊の光が緩めていくと、落ち着いて雪神を見ることができた。
「漣ですね」
雪神の声に漣は、前に進み右膝をついて頭を下げた。
「はい。山の神の僕、
漣は頭を下げたまま落ち着かぬ心を鎮めるため、目の前にある華を見ていた。
頭を下げた瞬間、雪神の凄まじいまでの力を感じて身が固まったのだ。それは神の僕である者の直感といってよかった。見た目の柔らかな雰囲気とかけ離れた強い神のオーラに漣の身体は震えていた。
(雪神を恐れることはない。雪神はどの神にも勝る優しさを持ち、どの神よりも人に近い神じゃ。けしてお主を傷つけはせぬ。お主の思うままでよい。それが儂の思いじゃ)
頭の中にみなもの声が柔らかく揺らめいていく。漣の震えが治まっていた。
「漣、
雪神の声に漣の意識は引き戻された。
「はい。水面の神様より、この
漣は頭を上げると
漣から短冊を受け取ると、水色に輝く光を見つめていた。短冊を見つめる雪神は、まさに女の子が憧れの人から届いた手紙を読む姿であった。嬉しさを
しばし短冊を眺めた雪神は、大切に懐へと仕舞い込んだ。
「漣、確かに短冊を受け取りました」
「はい」
雪神の言葉に漣は神命を一つ果たせたことに、少しだが肩の荷が降り、身体の力が緩んだ。気持ちがホ~っと和らいだことで、一つの思いを口にした。
「雪神様、一つ申し上げたいことがあります」
漣が雪神の顔を見上げた。雪神は漣の想いを受け止めるべく、黒い瞳を向け見つめている。その瞳を見つめると、漣はいまから伝えたいことを言葉にすることを戸惑った。なぜなら、
雪神は漣の言葉を待っていた。ゆったりと漣を見下ろす瞳は、神ではもちえない人の温かみと悲しさを感じさせた。
雪神の瞳に惹かれ、漣は迷いながら喉元で控えている言葉を口に出した。
「恐れながら申し上げます。
雪神は、顔色を変えず漣を見据えている。
「漣、その言葉は水面の神の言葉ですか。それともあなたの言葉でしょうか」
「私の言葉です」
頭を下げ、漣が答えた。
一瞬にして空気が変わったのが漣には分かった。辺りが静けさを帯びると、野にある華が風に揺れていた。
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