第161話 鶴と烏(6)

 宇津田姫うつたひめの静かで丸みのある声が、冬の小道に流れていく。 


◇◇◇ 

 ある里での冬の話。若い男が道を行くなか、一羽のつるが人が掛けた罠にかかり苦しんでいるところを見つけました。鶴は、男により罠から逃がされると、空へと飛びたちました。


 そのときから鶴は男に想いをはせ、恩に報いたいと考えますが、鳥獣ちょうじゅうの身では何もすることができません。男への気持ちが高まる鶴は、ある噂を聞きました。


 それは冬に月が天高く輝き、沼地が氷に閉ざされる寸前に水面に映る月を無事に通りぬけることができれば、人の姿を得られるというのです。鶴は噂のとおり冬の月が輝く夜に沼に映る月を目掛けて飛び込みました。沼が凍ればその身は砕かれてしまうのですから、まさに命がけの行為でした。鶴の想いが通じたのか、無事に沼の底にたどり着くと神に祈りました。


 その沼にいた神は一つ条件をつけ、鶴を美しい少女の姿にしました。その条件とは、けして鶴の姿を人に見せてはいけないこと。もし、人に見られたならば醜い化け物になり御霊は奪われるというものでした。それでも、鶴は恩に報いるため承諾しました。


 鶴は男のもとへと行き、恩に報いるため富を授けました。その美しき羽を代償に。


 男は富を得ると、優しかった面影はなくなり、周りの者を遠ざけました。日頃は里の人たちに可愛がられていた男は、人々に恩返しをすることはなかったのです。


 男の欲望は日増しに大きくなり、少女に更なる富を求めました。少女はそれに応えるべく、身を削り男の為に尽くしました。やがて終わりを迎えることも知らずに。


 いく年か過ぎたある冬の夜、男の家を里の人たちは狂気に満ちた顔で襲いました。その年はあらゆる作物は育たず、人々は飢えていたのです。男は、恩に報いることなく里の人を見放したことにより、恨みをかっていたのです。男は命乞いをすると、富を生み出したきた少女を部屋から連れ出し、里の人の前にさらしたのです。傷つきボロボロになった少女の姿に人々は憎悪をいだき、全ての不幸の元凶は少女にあるのだと外に連れ出し、打ち殺そうとしました。鬼気迫る人々を前に、それは本当に恐ろしい光景だったでしょう。でも、少女にとってはまだ耐えられたことでした。その姿を見るまでは。


 少女の目に映ったのは、襲い掛かる人の中に混じった男の姿でした。男は里の人と一緒になり少女を討とうとしていたのです。


 心壊こころこわれた少女は、鶴の姿に戻ってしまいました。そして、人の目に晒されたことで、鶴は醜い化け物になったのです。人はその姿に更なる憎悪をいだきました。


 化け物を焼き払おうとする人から、少女は逃げました。人にも鳥にも戻れない少女は傷つき、あとは命が尽きるのを待つだけでした。命が尽きれば、御霊みたまは沼にいる神に奪われる。やり切れぬ思いのまま、少女の命は消えかけていました。


 人はうらねたみ全てを晴らすために、化け物を探し出し討とうとしました。松明たいまつの明かりと化け物をののしる声が少女に届き始めたそのとき、里に雪が降り始めました。雪は瞬く間に道を埋め、田を埋め、里を埋めました。そして化け物となった少女の姿も雪の下に隠れてしまいました。やがて春になり、雪が消えたとき、そこに化け物の姿はありませんでした。                                           

                                  ◇◇◇


 宇津田姫が話を終えると、れんの方に振り返った。優しく向けられた瞳を漣は、無言のまま見つめていた。


(人に傷つけられたつるは、人に味方するからすは許せないか・・・・・・)


 漣が雪に覆われた地面に目をらせると、そこにいるはずのない想いをとげられぬまま裏切られ傷つき倒れた鶴の姿を見ていた。


 雪を見つめ「やり切れぬ」という表情の漣を見ながら、宇津田姫は道の先を指さした。


「さあ、雪の神のもとに着きました」


 漣が顔を上げると、そこには一面に華が咲く野が現れていた。

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