第155話 メモと記憶(11)

 みなもが鬼門きもんの方向に目を向けた。


「この先に鬼門がある。土の神が治める地じゃな。どうやら鬼は、こちらのことにまだ気がついておらぬ。好機こうきじゃ」

「それで、みなも、れんちゃんをどうやって鬼門から逃がすの?」


 鬼門の方向を見ていた実菜穂は、自分には見えないことで諦めて漣の方に顔を向けた。漣も方法の検討がつかず、首をひねっていた。


 みなもが鳥居とりいの方に歩みを進めていく。


「実菜穂、門というものは本来、世界と世界をつなぐものじゃ。お主も知っておろう。この鳥居がそうじゃ。人の世界と神の領域といえる世界を繋いでおる。鬼門とて同じ。魔のおる世界とこちらの世界が繋がっておるだけじゃ」


 みなもが石造りの鳥居をでながら、話を続けた。


「門が世界を繋ぐものなら、ちょいと行き先を変えてやれば目的の所にたどり着ける。門番がいるから大っぴらにはできぬのでな。悠長ゆうちょうにはしておれぬ」

「行き先を変える?」


 実菜穂だけでなく、陽向ひなたかすみれんまでが注目をしている。みなもは、注目する四人を見ながら鳥居に手を添えた。


「よいか。この鳥居が鬼門とすれば、そのまま通れば鬼門の道じゃ。じゃが、鬼門の道を途中まで借りて横を通りぬければ、別の場所に抜けられる。門番の横をすり抜ける感じじゃ。じゃから悠長にはしておれん。一瞬のすきを突くのじゃ」


 みなもは説明しながら、鳥居の外側を歩いて行った。


「ああ・・・・・・っ、みなも、何となくイメージは湧いたけど、それをどうやってやるの?何か特別な方法があるんだよね」

「もちろんじゃ。門には門じゃ」

「はぁ~?」


 実菜穂が呆れた表情をすると、みなもが「ふ~ん」と言わんばかりに笑っている。


「陽向は、どうやら分かったようじゃな」

「えっ、陽向、いまのみなもの言葉で分かったの?」


 実菜穂、霞、漣が陽向を見ている。


「あ~、何となくだけど。要するに別の門を使って道を繋ぐってことじゃないかな。ただ、私も繋ぐ門をどうするのかは分からないけど」

「ほ~、なるほど。みなも、そうなの?じゃあ、この鳥居を使うとか」


 実菜穂がみなもと同じように鳥居を撫でた。

 

「いいや、違うぞ。門を使えるのは門の神だけじゃ。しかも、門はたどり着く場所にあるべきもの。鳥居は使えぬ」

「じゃあ、どこの門を使うの?門の神様はどこにいる?」

「実菜穂、忘れたのか。お主の身近に門の神がおったであろう」


 実菜穂が考え込みながら、陽向と顔を合わせた瞬間、「ああーっ」と目を大きくして二人で声を上げた。


東門仙様とうもんせんさま!」


 東門仙は、実菜穂の通う学校にいる門の神である。実菜穂たちの学校の敷地には、かつて城を護る東門があった。その門に祀られた神が東門仙である。学校では実菜穂と陽向以外に気がつく人はおらず、いまは校庭の片隅にある小さな祠の中に存在し、学校の生徒を魔物から護っている。


「そうじゃ。グズグズしていては気取けどられるでな。気配を消して近づくぞ」


 土の神のやしろをあとにすると、裏手の道を上っていった。


 しばらく上ると、本道とは別に横にれる小道があった。小道には、実実菜穂が両手で抱えられるほどの太さの木があり、胸ほどの高さにしめ縄が巻かれていた。


「この木が鬼門の印じゃ。この方向に進むと鬼門にぶつかるでの。よく人が神隠かみかくしにおうたと言うが、この印に気づかずに入ると、魔に出くわして襲われるか、鬼門に迷い込んでしまうこともあるでな。まあ、ここらでよいか」


 みなもが目印のある木の手前に立つと、れんとシーナを呼んだ。


「よいか、漣、儂がいまから村の外の世界とこの世界を繋ぐ。行った先では、東門仙とうもんせんという門の神が、お主を迎え入れよう。儂が合図をすれば迷うことなく突き抜けるのじゃ。鬼門の鬼に気づかれると面倒じゃ。よいか、決して迷うでないぞ」


 漣はコクリと頷き、鬼門の方向をジッと眺めた。


「風よ、いまから儂がこの場と東門仙の場所を繋ぐ。東門仙が気づけば、儂の声を伝えてくれ」

承知しょうち!」


 シーナがみなもの肩に手を置くと横について、みまもと同じ方向を見つめた。


 シーナはもちろんこの世界の神であるが、みなもと並ぶと西洋の女神のように見えた。和と洋の神が並んでいるようで、実菜穂たちの目はこの二柱の姿に惹きつけられていた。


「いくぞ」


 みなもの瞳が青く光った。一瞬、辺り一面に青い光が走ると、それが天へと向かい突き抜けていった。



◇◇◇                 ◇◇◇


 

 祠の前に立っている東門仙が透きとおった水の気配に気がついた。天を仰ぎ、大きく目を開け、青い光を受け入れた。


『東門仙よ。琴美のときは、世話になった。また改めて礼を言う』

「これは、水面の神」


 天よりみなもの声を聞き、東門仙はひざをついた。


『堅苦しい、礼はよい。時が無いので、用件のみ申す。いまより儂のいる世界とそちらを繋げたい。東門仙よ門を作ってくれ。その門より漣という烏天狗からすてんぐを送るのでこの者を迎えてくれぬか。事情は漣より聞いてくれ』

「承知しました」


 東門仙は立ち上がり素早く気を集中すると、玄関ほどの大きさの両開きの門を作り出した。


「水面の神、門はできました」

「すまぬな。恩に着る」


 すぐさま、みなもの言葉が返ってきた。


 みなもの言葉と同時に、門が凄まじい音を立て震えた。


(なんということ。門を作ることはそれほど難しくはない。困難なことは、世界を門と繋げること。いま水面の神がどこにいるのか見当はつかないが、寸分の狂いもなく門と世界を繋げた。この力、流石としか言葉が無い)



 みなもが瞳を濃く青く輝かせ、ジッと鬼門の方を見つめている。見つめる先には、レーザー光線のように青い光が地面を走っている。


「漣よ。門が繋がった。今じゃ、儂の示した光に向かい、全力で駆け抜けよ」

「はい」


 漣はバサリと翼を広げると、凄まじい速さで駆け抜けていった。


 弾丸の如く光の上を駆け抜ける漣の姿が、フッと消えた。


 みなもは、ジッと先を見つめていたが、やがてユルリと力を抜いてその場にペタリと座り込んだ。


「みなも、大丈夫!」


 実菜穂がシーナと並んで、みなもの肩を抱いた。


「大丈夫じゃ。滅多にやらぬことで、少々気が抜けた。漣は無事に着いたぞ」


 みなもが安心した笑顔を見せると、実菜穂もホッと笑顔になった。


「さあて、これからどうするかね」


 シーナがみなもを抱き起こすと、着物についていた土を掃った。

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