第133話 呪縛と解放(15)

 霞が緩やかな坂道を上っている。上りながら前を見ると少しずつ建物が姿を現してきた。三階建てのコンクリートの校舎だ。見覚えがある。そう、秋人の動画で見た建物だ。


(動画では色々見えていたけど、いまは静かだな。目の前には何も見えないし。イヤイヤ、油断は禁物と)


 辺りの様子を気にしながら校門を通り過ぎようとしたとき、何者かに見つめられているような気配を感じた。


(ウッ、なんだろう。近くじゃないよ。どこだろう、校舎かな。何かが私を見ている)


 あれこれと不安を募らせながら、校舎の前に霞はたどり着いた。ゆっくりと扉を開けていく。


 ギィーッ


 古いドアを開けるときの独特の金属音が、静かな空間を通り過ぎていった。


「うわーっ。この不気味さ・・・・・・わたし、こういうのけっこう苦手なんだけど・・・・・・公園の方が良かったかなあ」


 霞が恐る恐る入っていく。動画ではこの時点で物の怪たちに囲まれていた。だが、いまは霞の周りには何も近寄ってはいない。見境のある物の怪ならば、無闇に巫女である霞を襲うことはないであろう。だが、なかにはシーナに襲いかかるような、単細胞なものもいる。もっとも、そのような物の怪は、霞の相手とはならないのだが、余計な時間は使いたくなかった。


 夕日の光が入る校舎は、どこか幻想的で絵になる光景である。だが、それは人がいてこそであり、誰もいない校舎を一人で歩いていれば、寂しさを通り越し、不気味にさえ感じてしまう。


 とりあえず呪縛の呪いを受けた人を見つけようと、霞は一階を探索した。まず入ったのは職員室だ。


 ドアを開けて入ると、机が乱雑に並んでいた。木製のものとスチール制の机がある。時代を感じさせる代物だ。当然、引き出しには何も入っておらず、書類らしきものも見あたらない。


 霞は木製の机の一つをスッと指で、なぞった。指を滑らせたあとだけ、薄かった机の色が濃くなった。


(だれもこの机には触れていないのかな)


 何気に机の引き出しに手を掛けた。


「あれ、開かないよ」


 霞は何度か引き出しをガタガタと揺らすと引っかかりが取れたのか、ガタっと突然開いた。


「うん?なにか紙がある」


 引き出しからB5ノートを切り離したメモを見つけた。



【 昭和50年8月××日


 この村はやはりおかしい。噂には聞いていたが、シキタリというものがいまだに支配しているようだ。赴任ふにんしてからも、幾度となく問題があった。いまは優くんと里子さんの行方が心配・・・・・・7日になる・・・・・・】



 万年筆の文字は丁寧に書かれていたが、日焼けした部分はかすれて読めなくなっていた。


「えっ、なになにこれ!」


 霞は、見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりに驚いていた。


(行方が分からない?シキタリって、巫女のことかな。秋人さんの話では戦後に子供を犠牲にする習慣はなくなったって言ってたけど。もしかして、このメモはいたずらかな?)


 あれこれと詮索せんさくしながら、霞はとりあえずポケットにメモを入れると、職員室を出ようとドアに手をかけた。


 ガタン!



「ヒィィィ!」


 隣の部屋で音がした。霞は身体を硬直させて、高音を響かせた。


(いやだよー。やっぱり何かいるよー)


 ビクビクしながら霞は隣の部屋へと向かっていった。

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