第70話 風と言葉(6)

 霞の意識が薄れていく。記憶が混乱し、虐められている自分の姿が見えた。どうしようもなく悲しく辛い日々に体が震えた。


(何も変わらなかったよ。私、なぜ巫女になったんだっけ?あっ、香奈さんたちを助けようとしてだったかな。でも結局、わたしは何もできなかったんだ。神様の力を持っても誰も助けられなかった。できないよね。痛みを与えて自分が助かるなんて・・・・・・あれ、誰を助けようとしたんだっけ。香奈さんの友達の優里さんだったかな。もう、何もか分かんないや)


 霞は震えながら体を丸めいく。諦め、泣き、ただ朝を迎えることを怖がっていた日のことを思い出していた。


(陽向さんや実菜穂さんのようになれると思った。二人みたいに行動できたらどんなに格好いいだろう。どんなに輝けるのだろう。でも、わたしは・・・・・・もう、眼があまり見えない。呼吸も辛い。息ができなくなってきている・・・・・・)


 体が重く感じる。気がつけば、身体が沼に嵌まっていた。腰までドップリと沈んでいる。もがいても這い上がれないほど泥が絡みついていく。まるで引きずり込まれるかのように、霞は沼に沈んでいった。


(これはなに?もうダメだ。何もできない、考えられない。誰も助けられない。わたしは無力だ。優里さんも、陽向さんも、緑の神様も・・・・・・ごめんね)


 霞の意識が沼に沈んでいくように薄れていく。深い眠りに取り込まれていく寸前、銀色の閃光が頭を走った。


「そんなことはない。あなたは強い。そして優しく、可愛い。その心こそ風の神の巫女。けして無力ではない」


 霞の頭に声が響く。夢で聞いた声だった。閃光と共に鎖が霞の身体に巻き付くとサッと沼から引き上げていく。沼地は足下から消えていた。目の前に立っているのは、ツインテールの少女。夢で霞を助けた少女だ。鎖で引き上げられたことで、少しだが呼吸が楽になった。霞の口から声はでないが、少女は全てを分かっているかのように優しい笑みを残して消えた。


◇◇◇


「霞ちゃん」


 声の方を振り向くと陽向が立っていた。その横には赤の神がいる。紅く美しい瞳で霞を見ていた。塞がれていた眼が開かれていたのだ。


「霞ちゃんはなぜ邪鬼を守ったの?強さをどこに使うかで色は変わるはず。緑の神様は霞ちゃんでなければ助けられない」


 陽向が人差し指を天に向け掲げた。


「どうか妹に言葉を与えてください。大きな風を巻き起こす巫女よ。妹もそれに応えるでしょう」


 赤の神が陽向に寄り添うと、互いに背を向け姿を消した。


◇◇◇


 霞の意識が戻っていく。身体が重く、呼吸も苦しいままだ。おまけに脈打つ度に頭痛が襲った。


(戻ってきちゃった。あのまま寝てたら、楽だったかもしれないのに。こんなに強かったかな。おかしいよ、わたし)


 霞がゆっくりと立ち上がる。もう眼は色だけしか見えなかった。自分がどこにどのように立っているのか分からなかった。ただ、緑の神の姿だけはハッキリと捉えていた。


(やっと分かったよ。陽向さんが教えてくれた。この遊びに勝ちも負けもないんだよ。痛みや苦しみを与えても、それはいずれ自分に返るだけ。ならば、その元を絶つ。わたしが成すべきことは!)


 霞の身体から緑色のオーラが激しく放たれると、天に向け昇っていった。


 放たれる激しいオーラを実菜穂と青の神が見つめていた。


 瞬間移動をした霞は緑の神の後ろに姿を現した。 


(これが最後だよ。私が与えてもらった全てをあなたにあげるよ)


 緑の神を抱きしめると、風と共に姿を消した。

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