第67話 風と言葉(3)
「陽向は、ひとまず大丈夫じゃ。次は、霞が動いたのう。神との戯れ、優しい霞には酷じゃな」
「霞が負けるって言うの?」
ずっと視線を反らし続けていたシーナが、みなもと顔を見合わせた。みなもは表情を崩すことなく、軽く首を振りビルの方に視線を移していた。
「それは霞しだいじゃろう。この遊びは酷じゃ。己の苦しみから逃れたいのなら、他のものを痛めつけ、その苦しみをすり付けねばならぬ。それが楽にできる性なら良いのじゃが。霞はそうではあるまい。じゃが、手段はある。それに早く気がつけばよいが」
みなもの言葉にシーナはなにも答えることができなかった。初めて霞に会ったときから、理解できないことだった。
自分が惨めに痛めつけられていたのに、その相手に仕返しの機会を与えたのに、霞はそれを拒んだ。さらには、自分を苦しめた張本人を救う始末だ。シーナ自身が危惧していたことが、いま霞の前に起きている。
(神であれば自分に仇をなす者になど容赦しないよ。
シーナがクッと拳を握った。
◇◇◇
フロアでは霞と緑の神が相対している。お互いの距離は3mといったところだ。一蹴りすれば霞なら相手を簡単に捕らえられる距離だ。緑の神はピョンピョンとその場で跳ねながら、霞が動くのを窺っていた。
(油断していたら動きが追えずに見失う。集中して捕まえないと。大丈夫。最悪でも緑の神のいる場所が分かれば何とかなるはず)
霞がグッと足下に力を入れると一気に蹴り出し、緑の神を追いかけた。緑の神は、霞が動いたのと同時に右に逃げ、そのまま霞と反対方向に逃げていく。これで両者の距離はかなり開いた。
霞が緑の神を追いかける。一蹴りで4、5mは跳んでいる。それでも緑の神は、霞が近づく前にヒラリと身をかわして逃げていく。端から見ていれば姉妹のドタバタ追いかけ合いに見える。だが、霞にとってみれば必死である。笑える状況ではなかった。
上に下に、右に左にとあらゆる方向から追いかけるが、緑の神はひたすらかわしていく。いまに至っては、霞の頭にポンと手をつき飛び越えていってしまった。
(えーっ、どうしてかわされるの。邪鬼のスピードどころじゃない。速いよ。でも、負けてないはずなんだけど。動く瞬間を読まれてる?)
荒い息を整えながら、霞が緑の神を見つめる。
(あっ・・・・・・)
色で見る霞が濃くなっている部分に気がついた。ピョンと飛び出た耳の部分が強く光っている。
(もしかして、いやあ、たしか漫画でよんだぞ。私の筋肉の動きをあの耳で察知していたりとか、まさか・・・・・・ね)
なかなか整わない呼吸を無理矢理おさえながら、霞はわけもなく笑っていた。
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