第66話 風と言葉(2)

 霞と緑の神が向かい合っている。幼い容姿なだけに背丈は霞のお腹くらいだ。ピョコッと飛び出した耳をくわえても胸の高さまでしかない。こうして眺めているだけなら、微笑ましい神と人の戯れである。そう、このままであれば・・・・・・。


 緑の神が青の神に何か訴えはじめた。青の神は優しく笑みを浮かべ、承知したと頷いている。


「霞が妹の遊び相手ですね。見てのとおり、妹は言葉を伝えることができません。口を塞がれているのです。この妹に言葉を与えてください」

「言葉ですか?」

「そうです。言葉を与えていただければ、霞の勝ちです」

「もしできなければ?」

「とても痛い目にあいます。そして霞も言葉を失うことになるでしょう」


 青の神の言葉が終わるのと同時に霞は、弾き飛ばされて壁に激突した。激突した痛みのなか、霞の目に映ったのは一撃を加えた緑の神の姿だった。


「・・・・・・!?」


(痛っ!。えっ、なに?口が塞がって声がでない)


 痛みを感じながらも声を上げることができず、打ちつけた背中と頭をなで回して痛みが治まるまで耐えていた。


「霞ちゃん、大丈夫?」


 派手に飛ばされた霞に、実菜穂が声をかけた。霞は何とか自分の状況を説明しようと話そうとするが、声を出すどころか口を開くことができずにいる。最後はもう自棄とばかりにピョコピョコ跳びながら、指で×印を作り口にあてて話すことができないことをアピールしていた。


「あーっ、分かった。話せないのね。霞ちゃん、後ろ」


 霞が必死でジェスチャーで伝えているところに、緑の神がさらに一撃を加えた。とうぜん霞は飛ばされてしまった。殴られたところと打ちつけたところの痛みに悶えながら、訳が分からないとピョンピョンとび跳ねて緑の神に抗議していた。その様子を緑の神は面白がっているが、これには実菜穂も見かねて霞の代弁者として抗議した。


「これは何の遊びですか?」


 緑の神はピョンと跳びながら何かを追うように走りだすと、次は何かに怯えて逃げるように走り出した。


「もしかして、鬼ごっこ」


 実菜穂が答えると緑の神が笑いながら青の神のそばに駆け寄り、お願いをするように甘えていた。


「私から話をします。この遊びは「鬼ごっこ」です。ただ、ここでの鬼は相手を捕まえるには、打撃を加えなければなりません。痛みを与えるのです」

「はい!?」


 霞の驚きの言葉を実菜穂が代わりに叫んだ。


「それで鬼は交代します」

「じゃあ、鬼なら相手を攻撃できるのですか。相手は追いつめらるだけなら、鬼の方が良いのではないですか」

「はい。ただの追いかけ合いならそうなります。ですが、鬼には呪いがあります。この真綿が首に巻き憑くのです」


 青の神は白い真綿の首巻くびまきを緑の神に巻いた。


(あの首巻、緑の神様の口を覆っているものと同じだ。あっ、そうか。真綿ってたしか蚕の繭から作るもの。同じ絹だ。待てよ、それが首に巻きつくって。つまり、真綿で首を絞めるってこと)


 実菜穂は緑の神の首巻に注目していた。青の神はジッと実菜穂を見ていたが、実菜穂のことを確認すると、話を続けた。

 

「鬼になればこの首巻が憑きます。そしてこの首巻は、徐々に鬼の首を絞めていきます。神でも人でも呪いのために苦しさと痛みを感じるのです。ただ、人であればやがて死に至ります。ですから、鬼でいることは命取りになります」

「それじゃ、お互い痛みを与えながらも苦しみを受けなければならないの?」

「そうなります。いま、こうしている間にも妹の首は絞めつけられています。この苦しみの輪廻を抜けるには、霞、あなたは妹に言葉を与えないといけない。さあ、遊びましょう」


 青の神が言葉を終えるのと同時に、緑の神は霞のもとに駆け寄り、拳を突きつけた。霞は避けられずに痛みを受けた。


(速い!来るのが分からなかった。あっ)


 痛みと同時に首に重圧を感じた。呼吸が少し苦しく感じた。首に手をかけると、緑の神が巻いていた首巻が憑いているのが分かった。滑らかな触り心地は、絹のウットリする感触だ。だが、その感触が一刻、一刻、首を絞めつけていく。


(これ、夢じゃないよね。わたし、緑の神様と戦わないといけないの)


 霞は次に自分がどうすればいいのか、迷っていた。

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