第64話 神と巫女(19)
陽向の脳裏に、ある光景が見えてきた。
小さな巫女の姿がある。左腕から大量に血を流し、その血が衣装を真っ赤に染めていた。腕はもはや役目を果たしていない。苦痛な表情で周りを取り囲む怪物を睨みつけている。巫女の顔に見覚えがある。そう、陽向がこのビルで見た巫女だ。切ることを躊躇した陽向に声をかけた幼い巫女だ。その巫女が右腕のみで刀を持ち立ち向かっている。
立ち向かう相手は六体の龍だ。どの龍も何かに憑かれたような異様な眼をしている。神でありながら巫女を襲っているのだ。一体が巫女に襲いかかる。龍を弾き返そうと切りにかかるが、細い右腕一本の振りでは止めることもできず、勢いよくはね飛ばされてしまった。飛ばされた巫女を他のニ体がもてあそぶように弾き飛ばした。
『まだ刃向かう力があるとは。だが、結局はその罪を受け継ぐ人だ。我々を受け入れずに、いまだ罪を負う神を待ち望むか。ならば喰らうまでよのう。生贄として』
その言葉を合図に六体の龍神が巫女を取り囲んだ。
(これは・・・・・・龍神が幼い巫女を嬲っている。罪を負う神ってなんのこと・・・・・・)
陽向は繰り広げられる光景が余りにも陰惨であることに震えていた。それは恐怖ではない。沸々と熱く沸き立つ血の流れからであった。
場面が変わった。先ほど見た巫女よりも幼い年齢の女の子が七人で輪になっている。いつの時代か分からないが、童子たちは洋服ではなく着物を着ている。その中にあの巫女の姿もあった。龍神に立ち向かっていた姿よりも幼く、あどけない顔をしている。輪の後ろには巫女衣装を纏った年上の女の子が立っており、さらに後ろでは、七人の長老が様子を見守っていた。
巫女が目隠しをされる。輪になった童子は耳を塞いだ。
巫女が歌い始めた。
かーごめ かーごめ 駕籠の中の鳥は
いついつ出やる 夜明けの晩に
鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ
巫女は目隠しをしたまま歌いながら、ゆっくりと歩いて行く。幼い手が童子の頭を撫でていく。歌い終わり、最後は手を頭に置かず、童子の後ろに座り肩から抱きしめた。抱きしめられたのは、龍神に立ち向かった女の子だった。
(これは、巫女を選ぶ儀式なの・・・・・・いや、龍の声は生贄と言っていた)
陽向は奥歯をギッと噛みしめた。胸に痛みが走ったのだ。その痛みは、紅雷を突き刺した為なのか、卯の神の知る痛みなのか分からなかった。
脳裏に浮かぶ光景が変わった。はじめに見た陰惨な光景に戻った。
泣き叫ぶような声が響く。目の前には青の卯の神と緑の卯の神が大きな男に押さえつけられていた。男の髪は長く、灰色に染まっていた。腕も足も太く、さらに爪も鋭く伸びていた。
「聞きたくないか、声も出せないか。ならば、その耳と口を塞いでやろう」
細く小さな卯の神の二柱は、片腕でたやすく捕まれていた。男が自分の髪の毛を一本抜き取ると爪で一番年下の緑の卯の神の口を縫い合わせていった。さらに髪の毛を抜き取ると次は青い卯の神の耳を縫い塞いでいった。
二柱は投げ捨てられた。次に男が目の前にゆっくりと迫ってくる。
「人を助けようとするなど愚かなことを。しかも弱小の地上神が」
男の顔が見えた。体格とは裏腹に顎は痩せ、つり上がった眼がずる賢い色を放っていた。まだ若い神で、人であれば青年くらいだ。嫌悪を感じるその顔は右眼にポッカリと穴が開いていた。眼玉がないのだ。
「どうした。もう何も見たくないか。いい顔だ。絶望と言うのか。気味のいい色を出している。なんだ、俺の顔が醜いか。そうだ、俺もな。この眼を奪われたんだよ。あの緑の奴と同じくらいだったかな。そうだ、緑色の眼をしていた。そいつが俺の眼を奪いやがった。お前も眼を潰してやろう。これ以上、何も見たくないだろう」
男が髪の毛を抜くと爪を眼の前に突き出してきた。
真っ暗になった。
鼓動が重なり合い共鳴していく。陽向の鼓動に赤の神の鼓動がついてきている感じだ。断片的な光景であったが、少しずつ陽向の中で繋がっていった。まだ情報が少ないが、このビルになぜ巫女や邪鬼そして放浪神がいたのか、陽向には薄く見えていた。
(これは、本当にあったこと。あの巫女たちは生け贄だった。御霊は何かに捕らわれていたのだ。それを卯の神が連れ出したのだとしたら。このビルにはまだ何かあるのかもしれない。分からないことはまだあるけど、でも、これは分かった。卯の神は巫女や邪鬼、放浪神を救おうとしていたのだ。その思いを果たすことができれば、もしかしたら全ての闇が明かされるかもしれない)
陽向の御霊が熱くなっていく。紅雷が眩しい光を放った。
「陽向、あなたは日と光の神の巫女。いま、紅い光が届きました。どうか、かの地の神を救ってください」
赤の神の塞がれた眼から滴が流れ落ちた。陽向は頷いた。神と人が互いに背を向け、笑みを浮かべた。そしてゆっくりと横たわった。
「陽向さん!」
霞が陽向のもとに駆け寄ろうとしたとき、青の神が叫んだ。
「動かない。まだ、終わっていません。さあ、遊びましょう」
フロアに静かな声が響いた。
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