第58話 神と巫女(13)

 霞がとっさに陽向の腕をとった。


「陽向さんがいきなり行っちゃうなんて、まずくないですか。経験がない私が先に行った方が」


 霞が陽向を止めようと必死で説得している。確かに霞が先鋒として出ていく方が様子見としては都合がいい。陽向もそれは十分承知のことだ。


(そう、ただのお遊びならそれも良い。だけどこれはこの場を支配している神の「遊び」だ。すんなりと楽しい時間を過ごせるわけではない。目の前の神からすれば、私たちは邪魔な存在かもしれない。消しにかかることは明白。この神の言う「遊び」は巫女である私たちを捕らえるもの。その目的が分からない以上、霞ちゃんに行かせて様子見などできない)


 陽向のアイコンタクトに実菜穂は意図を理解した眼でコクリと頷いてみせた。実菜穂を確認すると、今度は霞を元気づけた。


「霞ちゃん、ここを抜け出るためにも私をよく見てて。この遊びの行く末がどうなるのか。私が下手をしたら、それを辿らないで乗り越えるようにして。少しでもここを出るチャンスに繋げて。もっとも、私は帰ってくるつもりだよ」


 いつもの明るい笑顔で霞を励ました。霞も陽向の笑顔に揺るぎ無い強さを感じ、落ち着きを取り戻していった。


「もう、準備はいいかしら」


 赤い着物の神が声をかけた。誘われるように陽向が前に歩み寄っていく。


 見かけはまだ幼さを残している。人なら小学5、6年生あたりだろうか。青の着物の神は4年生くらい。緑の着物の神は1年生といったところだ。だが、そこはやはり神である。長い年月をその姿に重ねてきた。ただ、いつからその眼が塞がれたのか分からなかった。


「はい。では私と遊びましょう」


 陽向と赤いウサギの神が向かい合った。お互いが手を伸ばせば触れられる距離を保っている。陽向が相手だと確認した二柱は、退いて離れていく。実菜穂と霞はその様子を見て同じように陽向から離れていった。


 陽向と赤い神が広いフロアの中央にいる。


「私と遊んでくれるのは」

日美乃陽向ひみのひなたです」

「そう、日美乃陽向。温かい名前。陽向、このままでは遊びにならないの。陽向からもその光を奪わないと」


 赤い神がスゥーと陽向に近づくと右手で陽向の眼を覆った。


 陽向の眼から光が失われていく。何も見えなくなる。眼を開けているのだが暗闇の中にいる。さっきまで見えていたものが何もかも暗闇に消えているのだ。


 辺りをキョロキョロと必死で見る陽向の姿に、実菜穂と霞はおかしいと気がついた。


「陽向、どうしたの」

「陽向さん、何があったのですか」


 陽向が二人の声のする方向に顔を向けるが、眼の焦点は二人を捉えてはいなかった。


「実菜穂、霞ちゃん。私、何も見えない。暗闇の中にいるみたいだよ」

 

 陽向の答えに驚く二人を見て赤の神は、笑みを浮かべた。


「慌てなくてもいいではないですか。いま、私と陽向は同じ条件でここに居ます。光りのない世界にいるのです。だから、私に光を見せてほしい」

「光を?」


 陽向が声のする方に顔を向ける。


「そう。私に光を見せてほしい」

「どうすればいいの?」

「どうすればいい?遊びましょう」



 かーごめかーごめ 籠の中の鳥は


 いついつ出やる 夜明けの晩に


 鶴と亀が滑った 


 うしろの正面だあれ

 

 赤の神が歌い出し、最後に陽向の後ろで歌を終えた。その瞬間、陽向はとてつもない恐怖と悪寒を感じ、思わず振り向いた。見えはしないが眼の前に赤の神がいることが分かった。


(なに?いま凄い悲しみと怒りを感じた。何もできなほど身体が凍りついた)


 身動きがとれずにいる陽向に赤の神はクスリと笑った。


「この遊びはお互いの後ろに付いたものが勝ち。陽向が私の後ろに付けば、光を見せてくれるはず。そして私が陽向の後ろに付いたら、今度は本当にその御霊をもらいます」


 赤の神の言葉に陽向だけでなく、実菜穂と霞も固まった。


(この神様は本気だ。さっきの身が凍る感覚は御霊を掴まれたからなのか。死にたくなければ光を見せろということ)


 陽向がスッと向きを変えるのと同時に、再び赤の神は歌い始めた。

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