第53話 神と巫女(8)
実菜穂の瞳が龍の神を見つめている。実菜穂を通してみなもが龍の神の思いを受け入れていく。
『答えられぬのも無理はなかろう。放浪神となれば、何も言えぬ、何も聞こえぬ、何も見えぬでな』
「ちょっ、お前、何を言っている・・・・・・あっ」
陽向が言葉をかけるのを実菜穂がチラリと見て止めた。火の神と陽向も実菜穂の顔で全て理解ができた。
(みなもは、龍の神がここで答えられない理由と龍の神の願いをすでに察している)
薄く水色に光る瞳を実菜穂は龍の神に向けた。
『のう、龍の神、それにここにおる神にも頼みがある。もし、お主たちの御霊が戻ることがあれば、言葉も取り戻せよう。見ることもできよう。人の声も再び聞くこともできよう。ならば、再び人を助けくれぬか』
実菜穂の言葉を龍の神は思い詰めた表情で受け止めていた。このまだ幼さのある神に己の過酷な運命を預けてもよいのか迷っているのだ。いや、この闇に染まった運命を救う力を疑うわけではない。巻き込んでしまうことを恐れているのだ。ここにいる放浪神もみな同じである。優しく誇り高きがゆえ、この水の神を巻き込むことが怖いのだ。龍の神は答えに詰まっていた。
霞は実菜穂と陽向のやりとりを見ているが、大事なことを忘れていた。この二人の言葉はみなもと火の神のやりとりなのだ。どうもやりとりが頓珍漢に思え、何がどうなっているのか全く分からないが、二柱の言葉だと何か奥が見えてきそうな感じがした。さらに考えるとシーナが言葉を挟まないことが不思議だった。霞の中で、もしかしたらシーナはある程度事情を知っていたのではないかと思えてきた。それが直感で伝わっくる。そう、みなもが徐々に状況を解明していくのをワクワクして見ているのだ。
『そうじゃ!』
実菜穂が「閃いた!」という表情で人差し指をピンと突き立てる。これといった特別な仕草ではないが、霞には上の階を指しているように見えた。
『お主たちの御霊を儂らが取り戻したらどうじゃ。もう一度、神としてこの世界で尽くしてくれぬか』
実菜穂の言葉に龍の神の瞳は濃く黒く輝いた。
(水面の神、私の全ては見通したであろう。すでに私の正体も知ってのことか。これから水面の神が進もうとする道はこの世界をも危うくするほど険しきもの。ともすれば、水面の神も私やこの放浪神と同じ運命をたどる。それでも、その言葉をかけてくれるのか。私は、またしても臆しているというのか。雪神のときと同じように誇りを傷つけられても耐えることで目を反らしていくのか。その手に縋ることを恐れてまでもこの世界に留まり、我らは何をしようというのか。このままでは、力を取り戻すことはできぬ。人を見捨ててまでどこに逃げ続けていくことができようか。いまこそ立たねば)
龍の神は苦痛の表情を浮かべながら実菜穂の顔を見た。実菜穂の瞳は優し光で応えている。さらに、陽向が実菜穂の側につき同じように応えた。そこに霞も加わり、三人が龍の神前に揃った。
三人が揃った姿は、まさに光り輝く巫女であった。その巫女に龍の神は片膝をつき頭を下げた。その姿勢は神命を受けるときのもの。若き三柱の前で龍の神は再び神としてこの世界に戻ることを誓った。
「その言葉、謹んで受けよう」
白い影も龍の神の側で三人からの光を受けていた。
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