第44話 巫女と物の怪(18)

 陽向と霞はピタッと動きを動きを止めている。陽向の紅雷は霞の右肩に、霞の拳は陽向の右腕を標的に捉えていた。二人の間には少年が腕を押さえ、互いを傷つけるのを止めている。一瞬でも遅ければ二人とも無事な状態ではなかったことは想像できた。


「二人とも待った、まった。巫女が争っちゃだめだよ。陽向の姉ちゃんも相変わらず強いな。それに・・・・・・・うん?あれ??・・・・・・姉ちゃん、誰?」


 少年が霞の顔を訳が分からないといった表情で見ている。霞はも自分を指さし、バタバタしていた。


「あっ、私?わたしは、早瀬霞はやせかすみです」


 少年は慌てる霞を「う~ん」とマジマジ見ていたが、ハタと合点がいった顔になった。


「あー、おいら、陽向の姉ちゃんと実菜穂の姉ちゃんを止めるように言われて来たのに。雪神様、ひでえなあ。一杯食わせたな」

 

 悔しがる少年を今度は霞がマジマジと見ていた。少年は頭には黒のキャップをかぶり、長袖のボーダーシャツにグレーのゆったりしたボトムス、足下はハイカットのスニーカー姿だ。その辺の街中にいる少年と何も変わりなかった。


(この子は人なのかな?いや、なにか違う。陽向さんと実菜穂さんを知っているみたいだし、それなら陽向さんもこの子を知っている)


 殺伐とした空気は一変し、霞が興味を持って少年の服を撫でていた。少年は霞の突飛な行動に「イッ」と驚いていている。


「霞の姉ちゃん、犬ころじゃないんだ。止めてくれない」

「ああ、ごめんなさい。つい」


 パッと手を離すと頭を下げた。少年も分かればよしとばかりに腕組みをして頷いた。


水闍喜みじゃき白新地しらあらたのちからわざわざ何しに来たの?」


 陽向がサラリと話を引き戻す。その言葉にマズッタとばかり水闍喜は照れ笑いをしていた。


 この水闍喜、じつは邪鬼である。邪鬼でありながら優しく不器用な性格であるため、人を貶め、御霊を食らうことができなかった。群からすれば出来損ないである。そのため仲間外れにされ、最後は嬲り殺しにあい、命の炎が消える寸前にみなもに助けらた。みなもにより傷を癒され、名を与えられ、雪神が作った世界である『白新地』に預けられることとなった。命を助けられ感激した水闍喜は、みなもを尊敬し、自分がみなもの助けとなることを夢見て雪神のもとで修行をしている。実菜穂と陽向とは、琴美の御霊を取り戻すために白新地を訪れたときに知り合った。その後も二人を邪鬼の罠から助けたこともあり、自分の正義を通すためなら邪鬼とも戦う覚悟を持っている少年である。


「あーっ、そうそう。おいら、そこの団体さんを迎えに来たんだよ」


 水闍喜が邪鬼の頭領である女の子を指さしをして眺めている。水闍喜がいきなり女の子を頭領と見抜いたことに、長老と霞は顔を見合わせ驚いていた。


「お前、なぜこの子を見たのだ」

「あれ、この子が一番偉いんじゃないの?おっちゃんよりかはできた子だと思ったけどなあ」


 長老が疑いながら水闍喜を見るが、水闍喜は長老の眼など気にすることなく飄々と答えた。


「お前、邪鬼だな」

「ふん、知らねえなそんなこと。おいらは水闍喜だ。邪鬼も人も関係ねえよ。それより団体さん、ここを飛び出しても行くあてなんかないんだろ。外に出たところで他の邪鬼の群や物の怪がウヨウヨだ。おまけに邪鬼を目の敵にする人もいるんだぜ。ちっこい頭領抱えてやっていけるのかい」

「確かにお前の言うとおりだ。だが、どこに我らが行くあてがある。邪鬼の世界には戻れぬ」

「あーっ、もう。おっちゃんも鈍いね。おいらは、白新地から来たんだよ。だったら行くところは他にないよね。名前くらい聞いたことあるだろ」

「その名は聞いたことある。雪神が作ったという世界。天上界でも地上界でもない場所」

「そうよ。そこには邪鬼や他の物の怪などは決して入ってはこれない。人もいない。存在するのは和を尊ぶ生き物と雪神様を慕う神様だけだよ。どうよ。澄みきった世界だから、この子にはいい場所だと思うけど」

「白新地。たしかに我らの望む場所。だが、分からぬ。なぜ雪神が我らを迎えるというのじゃ。神にも見放された邪鬼である我らを」


 水闍喜は耳の穴にを指で掻きながら、ため息をついて霞をチラリと見た。


「はぁ~。おっちゃんよ、その凝り固まった垢が詰まった耳をかっぽじいてよく聞きなよ。こんな言葉知ってるかい?『捨てる神あれば拾う神あり』ってよ。まあ、ここにゃあ、切る巫女がいれば護る巫女もいるってことだ。知ってのとおり、巫女は神様の宿り身だ。それが争うということは、神様が争うこと。それを雪神様は望んでいない。まあ、そこにいる風の神の巫女が護ろうとした邪鬼だ。同じ太古神である雪神様も見捨ててはおけないということだ。白新地で預かれば、二人は争う必要がなくなる。どうだい、これじゃ不満かい」

「いや、不満はない」


(この水闍喜の言うこと、理にはかなっておる。霞という巫女も我らを護ったのは事実。これは信ずるに値する。それにしても不思議なのは、水闍喜だ。この者が邪鬼なのは間違いがない。にもかかわらず我が頭領のように理を持っておる。これも白新地の成させることか)


 長老が頭領を優しく導くと頷いていた。霞も注意深く水闍喜を見て不審なことはないことを確認すると、長老に耳打ちをした。


「是非、我らを雪神様との引き合わせをお願いする」

「ほいきた。おいらに任しといてよ。そんじゃ、おいらが来た白い光りのなかにみんな入りなよ」


 水闍喜が目配せした先には天井から白い光りの渦が降りている。邪鬼達はそこに集まっていく。頭領は最後まで霞を見つめていた。光りに導かれ、姿を消す寸前に長老は霞に言葉を投げた。


「我らはナナガシラから来た。人よ気をつけよ。そこは呪われた地だ」


 言葉と同時に邪鬼たちは姿を消した。


 フロアには陽向と霞、そして水闍喜が残った。


「水闍喜、一緒に行かないの?あの邪鬼さんを案内してあげないとみんな不安になるでしょ。紗雪が放っておかないよ」

「えー。心配ないないって。あっちにゃあ、イワナガヒメにサクヤヒメ、他にも道案内は沢山いるんだから。さあって、おいらは水面の神の手伝いを!?ウギィ!」


 意気揚々と部屋を出ようとする水闍喜を光りの渦から出てきた蔦が絡めていく。水闍喜は手足をバタバタして抵抗したが、あっという間にグルグル巻きにされた。蔦を巻き付けたのはもちろん華の神である。


「あっ、サクヤヒメ、ちょっと待って。おいら、あの団体の御守おもりなんてできないよ。あーっ、分かりました。せめて水面の神様にひとことー」


 水闍喜は激しく抵抗するがあっけなく光りの渦のなかに引き戻されていった。霞はその様子ポ~っと眺めて見送った。

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