薔薇マチルダ

倉見和直

第1部第1章死神篇

第1話死神篇(1)

 (1)

 列車はどこまでも深緑の中を潜り抜けていった。

 空はあいにく、ぐずっており、それと関係なく列車は先を急いだ。

 雨がぽつぽつ、車窓を叩きつけていたが、神木美樹子は別に感情を損なわれることなく澄まし顔貌で注視していた。美樹子は、セミロングのつややかな髪を肩におろし、化粧もせず、パッチリした瞳に睫毛が長く、鼻筋も通り、ピンク色の唇を輝かせていた。

 久しぶりに、母と会う約束をした美樹子は、こころが遠いところを見ていた。

美樹子が、母の友里恵と顔を合わすのは何年ぶりのことだろう。しばらく、会話も交わしていない。

 美樹子は、流浪の旅に出ていた。不可思議な能力を隠すためだ。父を幼くして亡くした美樹子にとって、母は心の拠りどころだ。

 ようやく、見慣れた土地を見出すと歓喜に充ち溢れた。

 自然に恵まれた土地は今も変わりはない。緑の樹々。そして、草花。緑に彩られた山脈。何もかも、平和のシンボル。

 だが、美樹子は、追跡者のいることを感じ取ってはいなかった。茶ぶちの眼鏡に、オールバックの髪。茶色の背広上下。目のトロンとした中年男。

 何が目的化は分別できないが、美樹子は、危機感を抱いてはいなかった。

 治雄年男が、さっきを放出していなかったからだ。

 車掌が駅名を告げると、美樹子はナップザックを床から取り出し、引っ張りあげ、肩に背負った。

 列車が速度を落とし始め、降りる乗客が慌ただしくなる。美樹子は笑顔を浮かべ、茶色の男を無視し、席を立つ。

 茶色の男は無関心の態度を取り、視線も泳がせない。あくまでも、とろい男を演じ分けていた。

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