第17話 商品券の誕生

 新大陸に入植をはじめてから9年以上が経過した。


 今年60歳になったらしい総督が「わしもそろそろ引退かな……」などと言い出したが、総督みたいに話の分かる上司は貴重なのでまだまだ現役で頑張ってほしい。


 そんな総督のおかげもあり急速に経済の発展した新大陸であるが、徐々にとある問題が発生し始めた。


 なにかというと経済規模に対する貨幣の不足である。


 ハノーヴ王国の通貨は金貨、銀貨、銅貨などの硬貨で基本的に構成されている。

 総督府職員や冒険者ギルド職員、常備軍の兵士のような国家公務員の給料や、新大陸側からの輸出製品への支払いなどで徐々に本国から硬貨は渡っているが、それでも経済の急拡大に流通量が追いついていない状況だ。


 モルガン商会職員や労働者の給料なども大部分は各種硬貨で支払ってきたが、なにぶん硬貨の絶対量が足りないため一部は食料や衣類等の必需品の現物支給などで賄ってきた。町民は日常でもある程度は物々交換でやりくりしてるらしい。

 ただ経済の発展に伴って労働者のほしがる品の種類も増え、現物支給も事務処理が大変だという現場の悲鳴が上がっている状態でどうしたものかと考えていた。

 大口の取引に関していえば銀行を通じた債権・手形のやりとりでなんとかなっているが、小口の取引は事務処理が追いつかないためさすがに取り扱っていない。


 ここに前世のような紙の銀行券があれば話は早いのだが、紙自体がまだまだ貴重であるしそもそも金銀の絶対量が足りていないので金本位制、銀本位制での通貨発行への移行もまだできないらしい。


 さて困ったという状況だが、ある時思いついた。

 幸いにして新大陸にてあらゆる小売業、製紙業、印刷業に通じているモルガン商会である。現物支給はやめてモルガン商会の店にて使える商品券をかわりに当てればよいのだ。


 思いついたら即行動とさっそく商品券のデザインにとりかかった。

 偽造防止のための絵の装飾や多色刷り、簡易的な透かしにも挑戦した。またこの世界ならではの取り組みとして、魔術師ギルドへ協力を要請して魔力に反応する特殊なインクを開発。商品券を専用の魔道具の上に置くとすぐに本物かわかるようにした。


 印刷部門も特に信用できる人員を厳選して商品券課を設立。警備や管理も厳重にして商品券用の印刷機材は許可された人間にしか触れないようにした。

 結果、満足の行く品質と管理のされた商品券が出来上がった。完璧だ。


 ◇


 ちょっとこの時代にしては品質過剰気味なデザインとなったわがモルガン商会の商品券であるが、本来の目的は十分に満たせ流通や事務処理の負担の大幅改善につながったのであった。


 と、そこまではよかったのだが、モルガン商会の商品券は十分に信用のある通貨であるとしてほかの商人との取引にも使われだしたり、デザインの良さから観賞用に保存する人間まで現れた。


 さすがにそれも新大陸内だけではあったが、モルガン商会の商品券課は当面の間朝から晩まで商品券を印刷するはめになったのであった。

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