第6話 腹ごしらえ

それから夜六は

PCにログインした痕跡を消去し、

夏八と二人してPC室を後にする。

昼休みは残り20分程度で、

今から食堂に行っても

授業までに教室に戻れない。


「霧峰君、私はお腹が空いたわ」


夜六は別に一食くらい

食べなくても平気なのだが、

ここは常に気を張っているような

戦場でもなければ、

一瞬の油断も許されないような

超難易度の任務の最中でもない。

それに、夜六もお腹が空いていないのか、

と聞かれたら空いていると答える程には

お腹が空いている。

さらに夏八に催促された以上、

無下にする訳にもいかない。


「時間もないし、

食堂で食うのは無理だが、

パンくらいなら

調達できるかもしれん」


夜六はしっかりと

クラスメイト達の会話から

この学園の情報を得ていた。

PC室へと向かう際、

二人を追い抜くように走っていった生徒は

早く行かないと売り切れる、

と言っていたのだ。

そしてその彼らが

食堂ではなく学園の門の方に

向かっていったのも知っている。


「お腹が満たされるのなら

何でも構わないわ」


夏八の了承を得て、

二人は急ぎ気味に門に向かう。

生徒や先生が使用する

出入口から外に出ると、

門の近くにパンの移動販売車を見つけた。

二人が近づいていくと、

販売主のおじさんが二人に気づく。


「おや、いらっしゃい。

見ない顔だけど、転校生かい?」


二人を見たおじさんは

笑顔を振り撒き、

優しく聞いてくる。

よく焼けた肌とスキンの頭。

白くて清潔そうなエプロンと

タオルを頭に巻いている。


「ええ、そうです。

今日から転校してきました。

ところで、商品はまだありますか?」


優しいおじさんに

物腰柔らかく夏八は答え、

そんなのどうでもいいから

さっさとパンを寄越せと

話題をパンに向けている。

おじさんはそんな夏八に

嫌な顔をすることなく、

イチゴのジャムパンと

アンパン、3本入りの三色団子を見せる。


「今日残ってるのはこれだけだよ」


何の変哲もない、ただのパンと団子。

夏八はジャムパンを掴むと、

夜六に目線を向ける。

代金を払え、ということのようだ。

夜六もアンパンと団子を手に取り、

財布を取り出す。


「いやいや、お金はいいよ。

お金は後でまとめて学園側に

請求する形になってるから」


お代はいくらですか、と

夜六が聞く前におじさんは答える。

そういえば、食堂で食べるにしても

同じように代金を払わなくても

いいようなシステムになっているらしい。

自動販売機でジュースを買うにも、

紙パックのジュースなら

無料で買えるので、

この学園で財布を持ち歩くことは

ほとんど無いようだ。

さすがは日本三大学園。


「では、俺達はこれで」


「はい、毎度ありがとう」


今日が初めてなのに、

毎度とは不思議だが、

これも日本語の特徴である。

二人はパンと団子を持って、

校舎の方へと歩いていく。

そのまま真っ直ぐ教室には行かず、

途中で紙パックのジュースを

二人で買ってから

ベンチのある中庭に向かう。

丁度昼食を済ませた女子生徒が

離れていったベンチに座り、

二人してパンに齧りつく。


「先程の話の続きだけど」


周囲を十分に警戒して、

夏八は切り出す。


「ハッキングをしていた人間について、

何か明確な手がかりはあるのかしら?」


何でもないような話をするように、

夏八は淡々と言葉を繋ぐ。

夜六も同じように

紙パックのリンゴジュースを飲みながら

静かに答える。


「今のところはないな。

ただ、教員用のパスワードで

ログインしてるところを見ると、

教員の誰かと考えるのが普通だな」


「教員なら、ハッキングなんかしなくても

情報を得られそうだけど。

何か他の目的でもあるのかしら」


「さあな」


パンを口の中に放り込んで、

ジュースで流す。

近くにあったゴミ箱にゴミを入れ、

透明なパックに入った団子を開ける。

白、緑、ピンクと綺麗な色をしている

団子を1本持ち上げて、

夜六は一つの可能性を話す。


「まぁ、生徒の誰かが

教員のパスワードでログインした、

とかの可能性もあるし、

教員を脅して何かを調べさせた、

ということもある」


団子をもっちゃもっちゃと食べる夜六。

夏八も団子に手を伸ばすと、

残りは当然1本となる。

ちょっとした睨み合いの末、

夜六がそっぽを向くと、

最後の1本も夏八が食べてしまう。


「可能性を挙げればキリがない。

とりあえずは、情報収集だな」


いつも与えられる任務なら、

前情報としていくらかの

資料を渡されたりするのだが、

今回二人がボスから受け取った資料は、

自分達がどのような所から

どのような理由でこの学園に来たのか、

また二人の関係性などの

二人の偽造プロフィールと

劉院学園全体の情報だけという

何とも少ない物である。

過去に遂行したある政治家の

暗殺任務の時は

その政治家と周囲の人間を

ある程度調査するだけで

事足りていたのだが、

学園全員を調べるとなると

苦労するというレベルの話ではないのだ。

せめて、要注意人物だけでも

ピックアップしてくれていたなら

いくらか楽なのだが、

それもないのである。


「そうね。時間は必要でしょうけど、

【POISON】が二人いて

完遂できない任務なんて

この世界にはないでしょうから」


ゴミをきちんと捨て、

二人は教室に向かう。

授業開始の5分前を知らせる

予鈴が鳴るのを聞きながら、

二人は歩いていく。

次の授業は何だっけとか、

授業が終わったら

放課後に何かあったっけとか、

学生らしい会話をして。

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