第175話 ダンピールもどき


 ドスキーノ様の言葉を聞いた時、俺は思わず彼を可哀そうだと思ってしまった。


 ……吸血鬼になった妹を人間に近い姿に戻してもらうだなんて、サイディールが出来るわけがない。


 つまりこいつは騙されているのだ。


 そんなことが出来るならとっくの昔にフィンリー辺りがやってるだろう。もし吸血鬼を人に近い姿に戻せるなら、間違いなく共生の役に立つのだから。


「だから早く放せよ! 俺はあそこであの吸血鬼どもを見張らないと! 妹が吸血鬼のままなんだよ!?」


 バタバタと暴れるドスキーノ。


 なんとも必死にあがいていて、それがすごく悲しくなる。


 だがここで迂闊に騙されてると言うのも考え物だ。なにせ彼の妹を助けられるという希望を奪ってしまうことになる。


 ここは言葉を選んでなるべく傷つけないように……。


「ドスキーノ様、騙されてるよ。あのサイなんとかさんが、そんなのできるわけない」


 そんな俺の心中など知らぬとばかりに、即暴露するイーリ。


 イーリめ……まあいいか。ドスキーノは別に身内じゃないし、どうせ本当のことは伝えるつもりだったんだから。


 だがドスキーノは不敵に笑うと。


「はん! そう思うだろうさ! だが俺はちゃんと見せてもらったんだよ! サイディールの力によって、他の吸血鬼がダンピールに変わったのをなぁ!」

「可哀そうに。夢を見せられて狂ってしまっている」

「勝手に狂わせるな! なんでもいいからさっさと開放しやがれぇええええ!!」


 ドスキーノはさらに暴れようとするが、ロープで縛られているため大して動けない。


 うーむ、この哀れな男をどうしたものか。


「やれやれ。現実が認められないのはわかるが……」

「待ってください。嘘とは限りませんよ」


 俺の言葉を遮ったのはフィンリーだ。いつの間にか俺の家に来ていたようだ。


「どうしたんだ? 地下から出てくるなんて珍しい」

「この村で一番の引きコウモリなのに」

「こらイーリ!」


 俺がイーリの頬をつねっていると、フィンリーは真剣な表情でドスキーノに近づいていく。


「ひとつお聞きします。サイディールはどうやって、吸血鬼を人に近づけたのですか?」


 見た目ロリのフィンリーだが、古い吸血鬼だけあって妙な迫力がある。ドスキーノもそれに少し身じろいだ。


「か、噛んで吸血したんだ! そしたら真っ白な肌が少し肌色に戻って、人間に近づいたんだ!」

「……やはり」


 フィンリーはわずかに眉をひそめて、俺の方へと向き直ると。


「この男の言うことは本当かも知れません」


 彼女の顔は冗談のようには見えない。だがそれだとおかしいと思う。


「え? いやでもそんな手段があるなら、とっくの昔にフィンリーが開発してたんじゃないのか? あのサイディールに出来るとも思えないし、やる意味もないような」

「私はサイディールより頭がいい自信はあります。ですが彼は特別なんです。アレはダンピールという人と吸血鬼のハーフ……私には無理なことも可能かもしれません」


 ……確かにサイディールは特殊だ。人と吸血鬼の混ざりものであるダンピールで、さらに結構な頭脳を持っている。


 おそらく普通の吸血鬼では無理で、ダンピールでしか出来ないこともあるだろう。


 そんな男が自分の身体を実験体にし続ければ、フィンリーよりも優れた研究が出来る可能性はある。


「まじかよ……吸血鬼を人に近づけることが出来るなら、共生に凄まじく役立つが……真相は闇の中か」


 不要な時はいつもあるくせに、必要な時にはなくなってるモノってよくあるよなぁ。


 こんなことならもう少し後で処分しておけば……いやアリエスになるべく早く仇を取らせてやりたかったし……。


「リュウトリュウト。このイーリに名案がある」


 するとイーリが俺の服のすそを引っ張ってきた。


「……嫌な予感しかないが、どんな策だ?」

「サイディール蘇らせよう」

「えぇ……」

「骨は残ってるから、温めた血でもかければ蘇るでしょ」

「カップ麺かよ」


 イーリはドヤ顔で薄い胸を張ってくる。


 いやさあ、確かにサイディールは骨が残ってるよ? 今も聖なる土に埋めて、さらに銀の箱で包んで封印気味にしてるよ?


 吸血鬼なら身体の一部があれば再生する。ダンピールってよくわからないし、蘇る恐れはあるけど……。


「あいつ蘇らせたらアリエスになんて言うんだよ……」

「黙って蘇らせて、方法だけ聞いたらまた殺せばいい。アリエスは何も知らないまま終わる」

「悪魔かお前」


 やだこの幼女、発想が吸血鬼より鬼畜じみてる……。


「逃げたらどうするんだよ」

「周囲を聖なる土の壁で覆っておこう。なんなら土の家でも可」

「確かにそれなら逃げられないかもしれないが……」

「それにさ」


 イーリは無表情で俺を見つめてくる。


「リュウトならサイディールごとき瞬殺でしょ? 蘇生アンド瞬殺すればいい」

「物騒なキャッチアンドリリースみたいだな……」

「殺すために復活させるって、悪魔でもしない発想ですわね」


 こうしてサイディールを蘇生することになった。


 たぶん簡単には情報を漏らさないだろうから、俺が少しボコる必要がありそうだな。


 ……正直ちょっと嬉しいかもしれない。あいつにはものすごく辛酸を嘗めさせられたが、結局俺はなにも出来なかったからな。


 問題はちゃんと蘇ってくれるかだが、あのゴキブリみたいなやつならいけそう。

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