第46話 アガリナリ氏の危機


 私はアガリナリ商店会長として、必死に胃痛薬を飲みながら血気盛んに奮闘している。


 今日も商店の執務室で仕事を行っていたら、早速コウモリが手紙を咥えて窓から侵入してきたのだ。ああ、またか……また吸血鬼からの要求なのだろうなぁ。


 寄ってきたコウモリから手紙を受け取ると、コウモリは部屋の天井にさかさまに張り付き始めた。私の返信の手紙を待つつもりだろう。


「おお……早く、それでいて失礼のないように書かねば……!」


 痛む胃を押さえながら机の上に紙を敷いて、ペンを右手に持った。


 この手紙一枚書くのにも物凄い神経を使う。今までも大手の契約相手への文面はすごく気を使ったが、吸血鬼への返信手紙などまさに身を削る思いだ!


 少しでも無礼や非礼があれば、即座に打ち首ならぬ吸い首の刑に処されない! こんな状況になるとは、いったい私は前世でどれほどの罪を犯したのかと喚きたくなる!


「本日は御日柄もよく……いや吸血鬼相手に御日柄よかったらダメだろ……そもそも手紙の文面としておかしい……!」


 頭をかきむしりながら必死に文面を考える。ああ、もう本当に! 胃が痛いいいいいいいいい!


「ますますご清祥のこと……いや吸血鬼相手に清いなんて言葉を使ってよいのか……!? ますますご暗雲が漂うことみたいな方がよいのか!?」


 わからん! 本当にわからん! とりあえず明るい単語はご法度なことくらいしかわからんぞ!? 


 ひたすらに悩んでいると部屋の扉がカチャリと開いて、私の最愛の娘が入ってきた。本来なら仕事場に入って来るなどダメだが、まだ五歳で分別がつかないから仕方ない。


「パパー。遊んでー」


 娘はよちよちと私の下へと歩いて来る。


 あまりの可愛さに私は席を立って、思わず抱きかかえてしまう。何という可愛さだろう、この娘の前では太陽だろうが吸血鬼だろうが何だろうがかすんでしまう。


「よしよしー。ごめんねー、パパはお仕事中だから遊べないんだー」

「ぶー。パパ、最近お仕事ばっかり」

「ははは、ごめんねー。どうしても外せない用事があってねー」


 頬をふくらます娘をなでる。すると更に部屋に美人で自慢の愛妻が入ってきた。


「マイア! お父さんの仕事場に入ったらダメって言ったでしょ! ごめんなさい貴方、少し目を離した隙に……」

「ははは、構わないとも。むしろ素晴らしい清涼剤になったよ」


 名残惜しいがマイアを妻を引き渡す。


「パパー、頑張ってねー」


 娘は妻に抱きかかえられたまま、手を振って部屋から出て行った。何というかわいらしさなのだろうか。世界広しと言えどもこれほどの太陽はいないと断言できる。


「ふー……さて愛しい妻と娘のためにもやるかっ! えーっと陰鬱な暗雲が続いております、吸血鬼様におかれましてはますます闇深くなっておりますことと存じまして……いいのかこれ?」


 私は改めて手紙に向き直り、文章を書き綴り続けるのだった。




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 アガリナリ商会のある街の路地裏。そこではとある神父服の男と冒険者の男が、夜の闇の中で話し合っていた。


「なるほど。そのドラクル村の吸血鬼を狩って欲しいと」

「その通りだ、ロディ。銀の聖人たるお前の御力ならば」


 神父服の男――ロディ――は、冒険者に対して微笑みかける。ロディはそこらの教会にいそうな見た目だ。ただし右腰に銀の鞘、左腰に銀の鞭をつけていなければの話ではあるが。


 特に右腰の銀の鞘は変わった形だった。鞘に天使のような翼がついている。


「吸血鬼が人を支配するなどあってはなりません。逆はあって然るべきですが」

「うむ。それにドラクル村には他にも吸血鬼がやって来ていてな。お前が逃がしたサフィという少女の吸血鬼もその村にいるらしい」


 ロディはその言葉に微笑んだ顔が僅かにピクリと動くが、また固めたような笑みを浮かべる。


「逃がしたのではありません。天命に従い天に召すまでの猶予を与えたにすぎません。私への恐怖によって、あの者は死ぬまでの時間を貴重に過ごせるのです。これは私の慈悲」


 満面の笑みを浮かべるロディ。その言葉に対して冒険者の男は僅かに顔を強張らせた後。


「そうか。何にしても協力してもらえるなら助かる。頼むぜ親友」

「いえいえ。ずっとパーティーを組んでいた貴方からの頼みですからね」

「ふっ。じゃあ任せた」


 冒険者の男はそう言い残すと路地裏から去ろうとする。


「お待ちください。それはそうとしてなのですが、こちらを向いて頂けますか?」


 そんな男をロディは呼び止めた。その言葉に棘はなく、まさしく友に語り掛ける声。だからこそ冒険者の男は何も考えずに振り向く。


 そんな彼に対してロディは、右腰につけた剣の鞘を僅かに抜いていた。輝く刀身がほんの少しだけチラリと見えている。

  

 その瞬間だった。刀身からおぞましい光の奔流が流れ出して、周囲を閃光弾でも破裂したかのように明るく照らす。


「ぎ、ぎぎあああああああああぁぁぁぁぁぁっぁ!?」


 冒険者風の男は塵となって消滅した。まさに瞬殺だ、彼は何が起きたかすら分からなかっただろう。


 その様子を見てロディは恍惚の表情を浮かべる。


「私こそありがとうございます。おかげで友人を合法的に殺せました。ああ、なんて素晴らしいんだ……親しかった友人を殺せるなんて。貴方は私の中で生き続けるのです。さてと……」


 ロディは路地裏から出てしばらく歩き、アガリナリ商店屋敷の門前へとたどり着いた。


 そこでは二人の門番が門を守っていた。アガリナリ商会は金欠であり、本来ならば雇うような金はない。


 だがリュウトがアガリナリ氏の安全確保のため、門番を雇う用として別途料金を支払っていた。吸血鬼と商売するとなれば、やはり何かしらの危険が伴う可能性ありとの判断だ。


 そしてそれは、悲しいことに正解であった。


「こんばんは。ここはアガリナリ商店でお間違いないですか?」


 ロディは門番たちにニコリを微笑んだ。


 対して門番たちは警戒を解いて軽く頭を下げた。夜間とはいえ神父の姿をしていることに安心したのだ。


 地球で警察服を着ている者が無条件で信用されるように。神父服もまたその対象であった。


「はい。ここはアガリナリ商会本店です。何か御用でしょうか、神父様」

「ああいえ、御用というほどのことでもないのですが……」


 ロディは右腰の銀剣を鞘から引き抜いた。


 その刀身が周囲を照らしだし、ここら一帯が昼のように明るくなる。だが門番たちは先ほどの吸血鬼のように、塵になって消えたりはしない。


 銀剣が放っている光は聖魔法だ。太陽の光を元とするため、人に害を与えるような魔法ではない。本来ならば。


「し、神父様。何を……」


 門番たちは持っていた槍を神父に向けて構えだした。いくら相手が神父であっても剣を抜かれては正常な反応だろう。


 その行為に対して神父は笑った。


「ご安心ください。これは聖魔法の光。人には害がありません」

「は、はあ……」

「逆に言えば、これが効くなら……貴方たちは闇の者ですね」


 ロディの掲げた銀剣に光が集まる。そして彼は剣で空を切った。


 銀剣からおぞましい光の奔流が線となって、門番たちへと襲い掛かっていく。


「ぎ、があがあいいいがががあがああああああああ…………!?」


 光の奔流に飲み込まれた門番たちは、しばらく踊るように苦しんだ後に倒れた。その身体は黒焦げになっていた。


 聖魔法は太陽の光に近しいもの。なので闇の者には効果的だが、人間には効き目がない。


 それがこの世界の常識で間違ってはいない。だが太陽光はようは熱だ。


 あまりに強すぎる聖魔法は、純粋なる熱をもって人間すら焼き払う。もちろんそれほどの聖魔法を使える人間はいない。


 だが彼の持つ銀剣。『銀翼の天神剣』ならばそれほどの出力を放つことが可能であった。最近に生まれた伝説の神剣であり、その名に劣らぬ力を所持している。


「おお! やはり貴方達は闇の者! ならば私の行った殺傷は無実! さてと……仕事を始めましょうか。私がここに来たのは天命! 神の思し召し! 邪悪を滅せよとの!」


 ロディは門の取っ手を持って力づくで引く。二人がかりで動かすはずの門は、彼ひとりの膂力で軋みを上げて動き始める。そして人が通れるほどの隙間が生まれた。


 彼は門の中に入って、屋敷の扉の取っ手を手に取る。今度はその膂力で扉を引き剥がした。


 ロディは屋敷の中に足を踏み入れて、愉悦そうに笑いだした。


「さあ狩りの始まりです。吸血鬼狩りを行いましょう。さあさあ」


 一部屋一部屋、扉を蹴り破って中を確認していく。もはやこっそりなどという考えはないどころか、むしろ音を立てることで恐怖を煽っていた。


 そして屋敷の最奥、最後の部屋へとたどり着いて同じように部屋に入った。


 中にはアガリナリとその妻と娘が、抱き合って震えていた。それを見てロディは歓喜の笑いを繰りだして、更なる恐怖を出すべく銀剣を構える。


「おやおや。親がそこまで怯えていては、子供が死ぬ時も恐怖にまみれますよ?」


 一歩、また一歩彼らに近づいていく。


「や、やめてくれ! 殺すなら私だけに!」


 アガリナリは殺人鬼に立ちふさがると、ロディは楽しそうに口笛を鳴らした。


「素晴らしい。では貴方以外を殺しましょう。さてと……まずはそちらの幼女からですね」

「や、やめてくれ!」

「貴方が鬼になったのが悪いのです。天命を受け入れなさい」


 ロディは剣を振り上げて、少女に向けて振り下ろそうとする。銀剣が聖なる輝きを持って断罪を告げようとした、その瞬間だった。


「む?」


 そんな彼を妨害するように、血で描かれた文字たちが宙に浮いて襲い掛かって来る。


「おやおや……何ですかねこれは……」


 ロディは困惑しながらも血文字と戦い始める。大量の血文字による攻撃を、彼は難なく捌きつつ一文字ずつ処分していった。


 力を失った血文字が床へと落ちて行き、何文字もやられてしまった。


 だがその間にアガリナリとその家族は逃げおおせることに成功する。


「ふむ。時間をかけすぎましたか。まあいいでしょう、追えばよいだけの話ですから。吸血鬼の村にも遊びに行きたいですからね。私のためにそんないくら殺しても咎められない素晴らしい村を……神よ、感謝いたします。私は泣きながら堕ちた人に鉄槌を下しましょう! 天命を享受しなさい!」


 神父は再び銀剣を抜いて空を斬る。すると剣から放たれた光が部屋の壁を焼き、発火して大きな炎が出現する。もはや銀剣の熱は炎すら発生させる魔剣と化していた。


 炎は更に燃え広がっていき、アガリナリ商会の本店は全焼してしまったのだった。


「しかしこの力は素晴らしい。これならばあの特級も、紫光の女王も捕縛し奴隷とできるのでは……? なるほど! これが私への天命なのですね! ああ! 私の背中の傷がうずく!」


 ロディは燃え盛る屋敷に照らされながら、狂気の笑みを浮かべていた。



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これが本当の死んでる文字ダイイングメッセージ

それと最近生まれたのに説が伝わっている……? などと思ってはいけない。


以下思いついた小ネタ

漢字「小文字がやられたか」

カタカナ「奴は我ら四天王の中で一番の小文字」

大文字「四天王の紙汚しよ」

(なおそもそも異世界文字)

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