第9話 吸蜜鬼


 俺は近くの森に出向いていた。


 普段とは違ってコッソリと村を抜け出てきた。とある理由で今回のことは誰にも知られたくなかったからだ。だが……。


「……何でついてくるんだ? というかこっそり抜けてきたのに……」

「よい思いをできそうな気がした」

「……勘がいいなお前」


 イーリが気づいて俺にずっとついてくるのだ。本気で走れば振り払うことはわけがないが、魔物の出没する森でそれはできない。


「勘じゃない。私にはがある。見せてやろう、私の秘密を」


 後ろを振り向く。イーリが右目の眼帯を外していた。


 普段隠れていた彼女の右目は、黄金のように輝いている。濃厚な魔力が漏れ出て周囲に流れ始めた。


「魔眼か。珍しいな」

「えっへん」


 魔眼、その名の通りの魔の眼だ。強力なモノなら対象を見るだけで、強力な魔法や呪いをかけれたりする。弱い眼なら光るだけだが。


 魔眼によって性能に差がありすぎる? ほら普通の眼だって個人によって視力全然違うから……。


 おそらくイーリの魔眼は強力な代物だ。コッソリ隠れて村を出た俺を追跡できたのも魔眼の力なのだろう。


「眼帯している理由は村人に隠すためか?」

「違う。目が乾く」

「随分とさっぱりした理由だな」

「それよりもどこに行くの?」


 イーリは右目に眼帯を付け直しつつ呟く。チッ、このまま何事もなく村に帰るのは無理そうだ。


 仕方ないか。できれば知られたくはなかったのだが……。


「イーリ。これからのことは村人には黙っておいてくれよ」

「人を黙らせる。それには対価が必要」

「…………美味しい物やるから」

「交渉成立」


 思わずため息をついてしまう。やはり余計なの連れてきてしまった……!


 次からはバレないように村を抜け出よう。今回はイーリが魔眼を持っているのを知らなかっただけだ、やりようはある。


「その前に獲物を狩ってからだ。全力で走るからついて……これないよな」

「無理」


 イーリは無表情で告げてくる。吸血鬼である俺が全力で走れば、人の身で追いつくことは不可能だ。なら仕方ない。


「抱いてもいいか?」

「仕方ない、覚悟はしていた」

「待て服を脱ぐなそういう意味じゃない!」


 イーリは自分の服に手をかけて脱ぎ始めようとするので、急いで制止する。


「抱きかかえていいかって意味だ!」

「紛らわしい。心得た」

「いうほど紛らわしいか……? 全力で走ったら追い付けないって会話の流れなら分からないか……?」


 ブツブツと言いながらイーリを抱きかかえる。うっわ軽い、子供みたいな体重だ。


「しがみついておけよ。じゃあ行くぞ」

「行け、我が愛馬リュウト」

「誰が馬だ誰が」


 イーリが落ちないようにスピードを抑えつつ走る。森の木々が高速で過ぎ去っていき、あっという間に目的の側まで躍り出る!


「ブオオオオオォォォォォ!?」


 森の中を四足でノシノシ歩いていた大柄のクマが、俺の突然のエントリーに悲鳴をあげる。悪いな、お前は今日の村のお肉と交渉の道具だ!


 懐から血の入った注射器を取り出して、フタを外して地面に血を落とす。


「血よ、貫け」


 地面に落ちた血は小さなスライムになったかと思うと、細い棘を伸ばしてクマの心臓へと勢いよく伸びていき。


「ブオオオオオォォォォォォォォ!?!?!?!」


 心臓部分を貫いた。そしてスライムは血を吸い始めて大きくなっていく。


 クマはたまらず倒れ伏して、ビクンビクンと震えて動かなくなった。あ、これよく見るとクマじゃなくて魔物だ。頭に小さな角が生えてるし。


 懐から日記を取り出して記載がないかペラペラとめくる。あった、なになにハザードベアーか。


 Aランク冒険者パーティーじゃないと倒せない、人間にとっては超強力な魔物。出没が発見された時点で、近くの村から住民たちが逃げて大規模な討伐隊が組まれるらしい。


「エグイ。というか素手でやらないの? 吸血鬼なら噛むべきでは?」

「これなら血抜きもできるからな。というか逆に聞くんだが、誰かが口をつけて食べた後の肉を食いたいか……?」


 俺だったら御免だ。吸血鬼が吸った後の肉なんて、食べさしの肉を渡されるようなものだ。


「吸血鬼のくせに細かい」

「別にいいだろ。さてじゃあこのクマを持ってっと。ついてこい、少し歩くぞ」


 俺はクマを右肩に担ぐ。全長2mはあるので普通の人間ならば無理だが、吸血鬼である俺ならば余裕だ。


「抱っこ」

「いやクマ担いでるから片手塞がってるんだけど……」

「左肩があいている」

「クマの死体を隣にして担がれたいか……?」

「やっぱりいい」


 こうして俺達は本当の目的地に向けて歩き出した。そうして三十分ほど経って到着した。


 そこは何の変哲もない木が生えているだけ。森ならば見飽きた光景だ、ただしひとつだけ違うところがある。


「蜂の巣」

「そうだ。これが俺の目的だ」


 大きなミツバチの巣が、木の枝にぶら下がるように建っている。


 ミツバチの巣に近づくと、蜂たちが一斉に出てきて俺の身体にまとわりついてきた。


「ぶーんぶーん」

「どうも! 蜜を取りに来たぞ! それと害獣避けの血も代えに来た! あ、これ念のためにクマを間引いておいたぞ!」


 吸血鬼は動物と会話できる。つまり蜂とも会話ができるのだ。


 俺はこのミツバチの巣と契約を結んでいる。脅威から守る代わりに定期的に蜜を提供してもらうと。つまり彼らはお客様なのだ。


 蜂たちは羽音で俺に対して語り掛けてくる。


「ぶーんぶーん」

「いやいや、俺も蜜が欲しいからな。脅威の芽を摘んでおくのは契約のうちだ」

「ぶーんぶーん」


 蜂の一部が俺から離れて、巣の少し右の木の枝に移動する。そこには新しい巣が作成されていた。


「おお、俺に蜜を渡す用の巣と。助かる! 次からはここから採ればいいと?」

「ぶーんぶーん」

「ハチの巣ごと持って行っていいと。これは助かる」


 蜂たちは〇の文字を描いて飛んでいる。俺と蜂たちは共生関係なのだ。甘い物が死ぬほど欲しい俺と、守って欲しい蜂たちのWINWINの関係だ。


 俺は木の側に置いたコップを確認して、入っていた血を地面に捨てる。そして腕を爪で切って新しい血を垂れ流した。


 コップに少し血が溜まったので再び木の近くに置く。こうすれば魔物や獣は俺に恐れて、ハチの巣には近づいてこれない。


「すごく律儀」

「あ、もし万が一に獣とか襲ってきたらすぐに俺に知らせてくれ。速やかに撃退する」

「アフターケアも完璧過ぎる」


 蜂たちは八の字を描いて俺に感謝の意を示してきた。


「どうだイーリ! 吸血鬼の力をもってすれば安定的にハチミツが手に入るんだぞ! 甘いハチミツがいっぱい食べれる! ぶっちゃけ血よりも美味しいまであるぞ! 毎月このハチミツを楽しみに生きてる!」


 この世界での甘味はものすごく貴重だ。ハチミツも当然高級品なので、この能力は本当に助かるのだ! 俺がこの世界で正気を保てている理由の何割かはハチミツの甘さだ!!!!!


 やっぱり甘い物なのだ! ストレスとか色々な不安ごとを解消してくれる!


 イーリはそんな俺を無表情で見てきた後に。


「吸血鬼じゃなくて吸蜜鬼では?」

「…………」


 イーリの蜂のように刺す指摘に、俺は蝶のように華麗に反論できなかった。


「……ハチミツ食べる?」

「食べる」


 俺達はハチミツを舐めつつ、水筒に蜜を巣ごと詰めてこっそりと隠して村へと帰るのだった。独占は許して欲しい、売ること考えると村に配る量はないから。お土産にクマの肉があるから。


 いや本当に許してくれ。ハチミツくらいは独占させて……俺も美味しい物食べたいから……。


 そうして村に帰ってクマを広場で振る舞おうとすると。


「こ、これハザードベアだべ!?!?!? 高ランク冒険者が束になってようやく討伐できる怪物!」

「こんなの近くにいたのか!? もし村に降りて来てたら……」

「血抜きは完璧、甘い中抜きも万全。卸業の特権」

「イーリ、余計なこと言うな」


 そういやあのクマ強いって記載されてたな。瞬殺したから盗賊と強さの差が分からなかったけど。


 そうして俺がハチミツを採ってから四日後、厄介な者が村に訪れてくるのだった。



----------------------------------------------

砂糖が手に入りづらい時代のハチミツは超高級品だったそうで。

吸血鬼増加の暁には養蜂で大儲け……吸血鬼のイメージががが。


異世界ファンタジー週間ランキング24位でした!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る