38 人と悪魔の結末

 戦いの場を遠く見渡す、城館の屋根の上。


 昼間の戦いで操座からもぎ取られたがそれ以外の部分は無事だった攻城弩バリスタを、騎士が二人がかりで支え、アリアンナが狙いを付けていた。

 膂力強化ストレングスポーションを飲んだことで、三人は一時的に怪力を身につけている。


 もっとも、使えることとそれを当てられることは、また別の話。

 こんな状態で撃って当てることは不可能である……アリアンナ以外の射手には。


『命中よ』


 通話符コーラーからレベッカの声がした。


 *


 悪魔は攻城弩バリスタの弾によって、地に縫い留められていた。


 悪魔は矢柄シヤフトをへし折ろうとして、それは叶わず、次に身体を引き抜こうとして、それも叶わず。

 萎え、震えていく手で、矢軸を擦るばかりだ。

 腹から流れ出した血が、少しずつ地に滴り落ちていた。


「お前の再生能力は凄いけど、肉体を元に戻せる状態になるまでは再生しない。

 ……命懸けでお前と戦い、死んでいった人たちが、そう教えてくれた」


 悪魔は、はっと顔を上げる。

 言われてみれば、という顔だ。実際、彼はこれまで剣なり鎗なりで刺される度に、それを引き抜いて身体を再生させている。

 そんなチート能力の仕様を、彼はあまり意識していなかったようだ。その意味を深く考えず、まして、それが無敵の再生能力の弱点になろうとは思っていなかったようだ。


 背中から腹に貫通した傷は、塞がらぬまま。

 悪魔はドクドクと血を流し続け、矢柄シヤフトに仕込まれた麻痺毒は、悪魔の身体に染み通っていく。


「ち、ちくしょ……!

 ≪転移テレポート≫!!」


 遂に、これ以上戦えないと判断したようで、悪魔は転移の魔法で逃げようとする。

 魔法陣が無くても、適当に街の外へ飛ぶことはできるだろうから。


「……………………あ、へ……?」


 しかし、何も起こらなかった。

 虚しく風が吹き抜けただけだ。


「なんれ……使えない?」

「あら、やっぱりにぶいのね。

 こんなに沢山、お荷物を背負ってるのに気付かないなんて」


 からかうようにレベッカは笑って、悪魔に歩み寄る。

 そして、その鎧に張り付いた透明な何かを指先で弾いて、鳴らした。


 既にポーションの効果は薄れ始めていた。

 朝日に照らされて輝く氷のように、何かの輪郭が見える。鎧に幾重にも巻き付いている……鎖の輪郭が。


「い……いつの、間に……」


 これはアルテミシアが調合したもの……隠密迷彩ステルスポーションの効果。

 振りかけたり、塗りつけたものを、透明にするのだ。

 普通は姿を隠して侵入する場合などに使うそうだが、アルテミシアはこれを、魔封じの枷に使った。


 最初の一撃でレベッカは、鉄くず置き場に悪魔を叩き込んだ。

 その時、ゴミに紛れて隠しておいた枷を悪魔に巻き付けた。

 アルテミシアは、鎖に接着剤でも付けて置いておけば自然にくっつかないかと最初考えたのだが、なんでも世の中には≪念動テレキネシス≫という魔法があるそうで、これを使うことをセドリックが提案した。

 術師を近くに潜ませておき、鎖を操って確実に巻き付けたのだ。


 透明化した拘束具が身体に巻き付いても、悪魔は気が付かなかった。

 鎧を纏っているのだから、その上にいくらか荷物が増えても肌感覚では感じ取れないし、悪魔の超常的身体能力からすれば、鎖の数本ごとき、あっても無くても同じだ。羽根のように軽く感じることだろう。


 サクサクと林檎の皮でも剥くように、枷の合間からナイフを突き立てて、レベッカは身動きできない悪魔の鎧を剥いでいく。

 煤けた鎧の内側に、悪魔は綿入れのようなアンダーを着ていた。

 アルテミシアには材質が分からなかったが、どうやら耐火性の素材らしい。これにポーションを含ませて火を付けたのだ。

 ポーションの燃え滓でギト付いた黒色になったその服も斬り裂けば、悪魔の上半身は裸であった。


「聞こえる? アリアンナ。

 次は心臓を狙いなさい。

 着弾に合わせて、私は頭をかち割るわ。首を刎ねても多分繋がっちゃうから、割るわ」


 通話符コーラーに向かって言いつつ、レベッカは悪魔の兜を脱がせた。


「おい。

 やめろ。やめろ。

 本当に……殺す気らないらろうな?」


 麻痺毒のせいでろれつが回らない口で、悪魔は言う。

 その顔と声には、恐怖と驚きが浮かんでいた。

 こんなことはあり得ない、あってはならないという、驚きが。


「なんれだよ! なんれらよ!?

 俺は……! 転生屋に800万円も払ったんらど!?

 などにどうしてこうなっれるんら! 全てを支配する力! ムカつくものは全部ぶち壊して、ぶち殺して!

 役立たずの部下も、口うるさいだけの上役も、俺にたかる家族も居ない、俺らけの王国ぷべ」


 ズゴン、と。

 再び、世界が丸ごと揺れたような重低音が鳴り響いた。


 二発目の矢が悪魔の左胸を、背中側から貫いていた。

 それと、レベッカが大斧を振り下ろして、悪魔の頭を叩き潰すのは、完全に同時だった。


「何の話だったのかしら?

 ……ま、私たちには関係無いか」


 大斧をぶんと振って、レベッカは返り血を払う。

 悪魔の身体はもう再生せず、永遠に死体のままだった。

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