34 悪魔討伐:反撃

 広場に面した神殿の鐘撞き塔。そこに悪魔は、矢のような速度で外側からよじ登っていく。

 全身(左腕を除く)に鎧を身につけた重装備だというのに、それでも動きは全く鈍っていない。煉瓦積みを模した壁面の僅かな凹凸をとっかかりに、跳躍。


 そして鐘撞き塔に悪魔が飛び込んだとき、そこには誰もおらず、何も無かった。


「転移魔法陣……」


 悪魔の身を焼く炎によって、鐘撞き堂が照らし出される。

 床には魔法陣が描かれていた。

 魔法による転移をサポートする目的の魔法陣だ。転移魔法には莫大な魔力消費を伴い、それは転移するものが重く大きく、目的地が遠いほど増えていくが、始点と終点に転移魔法陣を敷いておくことで軽減可能だった。


 意表を突かれた様子で悪魔は狼狽える。

 その次の瞬間、鐘撞き塔の上半分が吹き飛んだ。


 轟音、飛び交う瓦礫、粉塵、打ちのめされた鐘が低く歪に鳴る!

 あらかじめ鐘撞き堂に狙いを付け、広場の陰に隠されていた大砲が、砲撃したのだ。


 崩落していく鐘撞き塔の中、悪魔は球状に魔法の障壁を展開して身を守り、瓦礫と共に転げ落ちていく。

 炎の塊となった悪魔を封じた障壁は、まるで巨大なランタンのような光の塊となり、夜明け前の街を光と影に切り分けた。


「……の野郎、馬鹿の一つ覚えかよ!」

「違うぜ!」

「んが!?」


 そこに横合いから、一蹴り!


 崩れゆく瓦礫を早技で飛び渡り、悪魔を障壁ごと蹴り飛ばした者がある。

 悪魔と同じように全身を鎧で纏った……しかし外見的体格では遥かに勝る男だ。


 球状の障壁は悪魔を収めたまま、隣の建物の壁に激突!

 さらに鎧の男は、自ら蹴り飛ばした障壁に追いすがり、飛びつき、剣を突き立てた!


「これは俺の……左手と! 肋骨と!

 呑み友だち三人の分だ!!」

「こい……つ……!」


 その男は冒険者・ロラン。

 昼間の戦いで悪魔と直接交戦した、四人の冒険者の一人だ。

 彼は左手に、剣を握ることだけはできる白銀色の義手を着けていた。


 重装備で崩落する瓦礫を飛び渡って悪魔に食らいつく……

 いくら一流の冒険者と言えど、これほどの身体能力を常より発揮できるわけではない。

 ロランは味方から支援の魔法を受けて能力を高めているのだ。

 それでも悪魔には力で劣るが、戦闘経験では勝る。ロランは魔法の支援を受けて、常ならぬ身体能力を得た時の動き方を知っていた。


 悪魔の張る障壁とロランは、組み合ったまま落下。

 着地の衝撃で、ついに剣は障壁を砕く! そして鎧の腰部の隙間を貫いて、悪魔を標本の如くピン止めにした。


 障壁が消え、炎が爆発的に吹き上がる。

 だがロランは受身を取るように素早く転がって免れ、身を焼く炎を振り払った。


「っしゃあ、逃げろ!」

「てめえ!」


 悪魔は腰に刺さった剣を引き抜きつつ、逃げ去るロランに魔法を一撃……

 見舞おうとした瞬間!


「ぶっ!?」


 光の矢がつるべ打ちに悪魔へ叩き込まれる!

 定置魔弓は一基ではないのだ。障壁が消え、さらに悪魔が防御より攻撃に気を取られた一瞬を狙って、攻撃が再開される。


「ザコどもが! うぜえんだよ!」


 悪魔は石畳を駆けた。

 この俊足でちょこまかと駆け回られるだけで、定置魔弓の矢は簡単には当たらない。噴き出す炎によって身体は倍ほどの大きさに見え、狙いを惑わせる。さらに普通なら一発当たれば致命傷である光の矢が、何発当たったところで悪魔は再生する。


「≪衝撃砲弾ブラントボール≫!!」


 巨大な魔法弾が、燐光の軌跡を引きながら飛翔。

 集合住宅の外階段を直撃した。


 ほんの一撃で建物は、大きく抉り取るように破砕される。

 半ばの部分がすっかり消えた外階段はもぎ取られるように崩れ落ち、残りの部分も土手っ腹に穴を開けられているので、いつ崩落するか分からぬ有様だ。

 射手が脱出したか死んだかは不明だが、悪魔に向けられる火線は一つ減った。


「ああ……そうだよ、こうすりゃいいんじゃねえか」


 歯を剥き出して悪魔は笑った。


 *


 一方その頃、防人部隊の軍医長マウルは、薬研で薬草を磨り潰していた。


「7番・20番試薬を準備しろ! あとコウモリゴロシが足りん、持ってこい!」

「はい!」

「……ドラゴンの素材はあるか? くそ、怪しいな。

 探させろ、鱗の一枚でもあれば私がどうにかする!」

「はい!」


 アルテミシアが使っていた、城館近くの診療所の調合室。

 そこでマウルは、人生で最速の調合に挑んでいた。

 部下の中でポーションの調合技術を持つ者二人がアシスタントとなり、調合ができない者は材料や基材を運ぶ。


 傍らにはアルテミシアからの注文を書き留めたメモ。

 悪魔退治の微かな望みだ。


「私には、あのようなインチキ調合はできぬ!

 だが、レシピ通りの調合なら! あんな子どもに負けてはおれぬわ!」


 マウルは11の歳で師匠に弟子入りし、やがて、医の力で人々を守ることを願い防人部隊へ志願した。

 医の道を歩むこと四十年。その果てに、結局は誰一人守れず終わるという絶望の淵に行き当たった。

 そこに光を灯したのが、医を志した頃の己と大して変わらぬ年頃の、年端もいかぬ少女であろうとは!


 ここで命燃え尽きても構わぬとさえマウルは思った。

 もはや使命感ではなく、形振り構わぬ情熱によってマウルは動いていた。

 駆け比べをする少年のように、前へ、前へ。


 *


「出会え出会え!」


 周囲の建物を破壊して回る悪魔の前に、精鋭の騎士たちが躍り出た。

 大勢で打ちかかったところで、悪魔の魔法で薙ぎ払われて死人が増えるだけだ。そのため、あくまでも前面に出るのは、悪魔と戦っても簡単には死なないであろう実力者だけだ。

 武技を極めた騎士たちの纏う鎧は、物理・魔法、いずれの攻撃に対しても堅固。

 彼らの肉体も超人の域にあり、魔法とポーションの支援も受けている。


「ったく、うざってえ!」


 悪魔は、舌打ちするような仕草をした。こんな風に炎に包まれていては、口中も乾ききって舌打ちなどできまいが。


 悪魔は虚空から、何か細長い物体を引きずりだした。

 全体がミスリルで作られた白銀色の『箒』だ。

 簡素な座席に前傾ハンドル。とても掃き掃除には使えないだろう、プレートを継ぎ合わせた尾翼。

 もはや本来の箒からはかけ離れたデザインだが、それでも術師たちは飛行用の細長い道具を箒と呼ぶ。


 炎を纏う悪魔は、箒にまたがり、宙に舞う。

 集団で叩かれることを警戒したのだ。


「箒だ!」

「箒を出したぞ!」

「やっぱり持ってやがった!」


 騎士たちは即応した。


 同時に使える魔法は一つ。悪魔とて、その制約からは逃れられない様子だ。己の魔法で飛びながら、魔法攻撃をすることはできないのだ。

 空を飛ぶための手段を用意してあれば、重力に縛られた相手を一方的に魔法で攻撃できる……それくらいは悪魔も考えるだろう。

 街壁上の戦闘で、悪魔が乗ってきた竜騎は始末されているが、飛行の手立てを竜騎の他にも何か用意していると予想していたのだ。


 弓を装備している騎士が、鋭く矢を放つ。

 その矢は悪魔より更に上に飛んだ。狙いを外したわけではない。矢に結わえ付けられていた小さな袋が、銀色の爆発を起こす!


 外見以上の体積を詰め込める収納用マジックアイテムだ。

 袋を破って飛び出した物は……

 ミスリルを編んだ投網、だった。


「んが!?」


 地より箒で飛び立った悪魔が、宙に拡がった網に正面から突っ込む。

 さらにその網の端を、騎士たちが引いた。


「1、2の、3!」

「どああああ!?」


 悪魔がどれほど恐ろしい能力を持っていても、浮力と推進力は箒のものだ。

 地上で踏ん張る騎士たちの力に耐えきれず、箒は制御を失い、墜落!


「我らが怒りを受けよ!!」


 間髪入れぬ追撃!

 ずんぐりした体型の騎士……おそらくドワーフ……が、自身の目方と変わらぬほどの巨大戦鎚を振るい、重い踏み込みから、一撃!


「がっ……!」


 悪魔の腕が叩き潰される!

 当然ながら、潰れた腕はすぐに元の形に再生した。

 しかし、手にしていた箒は、スクラップ状態だった。


「ちっ……ガラクタが」


 悪魔は苛立ち紛れに、ドワーフ騎士目がけて箒の残骸を投げつける。

 それは戦鎚の柄で軽くはたき落とされた。


「ああ、分かった!

 てめえら順番に殺してやるよ」

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