29 サバロ防衛戦:勝利の代償
屋根より高く飛ぶ者は全て、秒間三射の定置魔弓狙撃で撃ち抜かれて墜落していく。
もはや防衛兵器を妨害する空行兵の姿は無かった。
局地の優位は全体に波及した。
どうしても街中では建物が邪魔になって地上への射線を通しにくいが、撃てる範囲の敵をアリアンナの定置魔弓が全て吹き飛ばしたことで、他所に回せる兵が一気に増えた。
元より敵は、命を浪費する突撃と虐殺だけが戦型だったのだ。数の上で優勢になれば掃討は容易い。
集団的抵抗はほぼ無くなり、今や防人部隊は悪魔に集中攻撃できる状態だった。
「当たったか!?」
「当たったはずだが油断するな!
この程度で死ぬ相手ではないぞ!」
既に、障壁による区画封鎖は解かれていた。
街壁の東門塔上にて、魔力投射砲と、二門の定置魔弓が悪魔に向けられていた。
ルウィス自ら、それを指揮している。
砲撃で破壊された建物が、土煙をくゆらす。
その土煙を割って幾条もの、稲妻の魔法による遠距離攻撃がルウィスたちを狙う。
その威力と射程は凄まじいが、狙いは逸れていた。
ルウィスも、指揮下の操機兵たちも、揺るがず。
当たりそうなものだけ防いだ。光の壁が展開され、門塔を魔法から守った。最小限のサイズで三重に展開された障壁は、二枚目まで割られながら魔法の威力を減衰させ、三枚目で防いだ。
『住人はもう……避難するか、殺されている。
構わん、建物を壊して射線を通せ!』
操機兵が持つ
その直後、悪魔に破壊された北側以外……西や南の門塔、街中の即席櫓などでも、防衛兵器が一斉に火を噴いた。
定置魔弓が集合住宅を蜂の巣にして、魔力投射砲がそれを叩き崩し、瓦礫の嵐を悪魔に浴びせる。
さらには、
街の一割ほどが更地となっていた。
その中心で悪魔は、魔法の障壁を張って身を守っている。
「そんな馬鹿な! 都市防衛兵器の集中砲火を受けて耐えるのか!?」
「だが拮抗はしているぞ! 怯むな! 撃て、撃ち続けろ!!」
*
悪魔は耳から血を流していた。
防ぎ損ねた轟音と爆圧で、鼓膜が破れては再生しているのだろう。
「おい! なんで大砲が動いてるんだ!
空の連中は何をしている!」
ひっきりなしに何かが爆発する中、悪魔のがなり声が切れ切れに聞こえてきた。
そもそも防衛兵器は、魔物兵たちの一斉突撃が始まった時点で使えなくなっていた。それを受けて魔物たちの空行兵は、防衛兵器の妨害よりも地上攻撃を優先していたのだ。
周囲の状況を見てレベッカはそこまで推理し、把握していたが、悪魔は分かっていなかったようだ。
悪魔が張り巡らす魔法の障壁は、削れては張り直される。それをギリギリで貫通した攻撃が、悪魔の身体を辛うじて傷付け、しかし傷は再生していく。
悪魔は動かない。動けなかった。障壁を張って防御しながら逃げ回ったところで、防衛兵器は照準を動かすだけなのだ。
「あの役立たずども、帰ったら全員死刑だ!
……≪
捨て台詞のように悪態をつき、直後、唐突に悪魔の姿は掻き消えた。
「逃げた……わね……」
レベッカは呟く。
防衛兵器による攻撃が数発、余計に飛んできて、それから止んだ。
『「悪魔」はどこへ!?』
「転移したわ!
多分、街の近くに脱出用の転移魔法陣を仕掛けてあるわね。
探す?」
『……いや、再度の襲撃を警戒しつつ、残敵掃討だな。
追討の余裕は無い』
悪魔は確かに恐ろしく強いが、手下の魔物たちが状況を引っ掻き回す事で、初めて悪魔は十全に暴れられるのだ。
ここはまず敵の兵を始末すれば、仮に悪魔がすぐ戻って来てもまた対応可能。そこまで含めた判断だった。
「了解。こっちも危なくない程度に協力するわ」
レベッカは、激しい戦いで刃が欠けてしまった大斧を担ぎ直す。
相手が悪魔でないなら、手負いの斧でも充分だろう。
* * *
そして、戦いが止んで。
アルテミシアが、アリアンナと共に籠もっていた櫓を降りて行くと、防人部隊の兵士たちを掻き分けるようにして、即座にレベッカが駆け寄ってきた。
「ミーシャ!」
斧も荷物も放り出し、レベッカはアルテミシアを抱き上げて、鎧でコーティングされた平坦な胸にがっしりと抱きしめる。
「良かった、本当に良かった。無事だったのねええ……」
「むぐぎがが」
今ここで無事じゃなくなるような気がして、アルテミシアは執拗な抱擁からどうにか逃れた。
「カルロスさんを見なかった!?」
「えっ?」
「わたしと……アリアさんとルウィス様を逃がすために、オーガに向かって行って、それで……」
開口一番のアルテミシアの問いに、レベッカの表情が硬く、冷たくなる。
それを見てアルテミシアは心臓を鉄の手で鷲づかみにされたように感じた。
カルロスの作ったコロシアムもどきは、櫓からも見えていた。アルテミシアたちが櫓に上ったときにはもう、魔法で土を固めただけのチャチな壁は、卵が割れるように一面を崩されていた。
常識的に考えれば、カルロスは生きている筈が無い。
だが、しかし、もしかしたら、何らかの奇跡的な偶然によって彼が生き延びてはいないかと、心の片隅では願わずにいられなかったのだ。
レベッカは、民兵用の簡素な兜と剣を取り出して見せた。
べっとりと血の付いた兜は、人の頭など到底収まらぬ形にひしゃげていた。
刃毀れした剣は、刃の返り血よりも、浴びせられた血の方が多い。柄に巻かれた布は、握った手の跡が真っ赤に染まり、滴るほどに血が染みこんでいた。
「……仇だけは、討ったわ」
身体の重さを支えかねて、アルテミシアは膝を折り、その場にへたり込んだ。
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