28 サバロ防衛戦:形勢逆転

 ギーケアーの鎗は既に、幾人もの騎士と兵の血で塗れている。

 だがそれを、鎗の勲と言えるのか。

 まともに殺したのは最初の二人ぐらい。あとは大風のような混乱の中、必死で戦う敵を不意打ちで仕留めていっただけだ。

 つまり、デタラメに突撃して暴れる味方を囮として、味方の命と引き換えたに過ぎない。


 ――こんなものが戦いと呼べるか。犬畜生の縄張り争いだ。

   圧倒的に兵数で勝っているなら、これでもよかろうが。


 眼下では、敵味方と市民が入り乱れた大混戦が発生していた。

 唾棄すべき混沌だ。作戦も何もあったものではない。

 ただ命の数を減らしているだけ。勝利とは、敵より多く生き残る事ではないというのに。


 ――そもそも都市攻撃など、対等な戦力でやるべきことではないのだ。

   この戦いは『悪魔』ありき。だがその『悪魔』は最小の人員で止められている。


 魔法の障壁で区切られた、街の一画を見やり、ギーケアーはクチバシを軋らせる。

 ギーケアーは最善を尽くしてはいる。だが、このままでは……


 刹那。風をつんざく音が迫る。

 辛うじて反応できたのは、ギーケアーが熟練の武人である故だ。


「ぬおっ!?」


 防衛兵器による攻撃は途絶えていたが、それでもギーケアーは定置魔弓の射線を意識して、街壁や櫓から隠れるように動いていたのだ。

 だが、集合住宅の角部屋の窓を二枚ぶち抜いて、光の矢がギーケアーを狙った!


 その矢は軽装な鎧の隙間である、翼の付け根に当たる軌道だった。

 急降下で辛うじて狙いを逸らし、光の矢は右の翼に当たる。ミスリルの針金を編んだ防矢幕が千切れ、焼き溶かされ、翼に穴が空く!


 ギーケアーは滑空気味に飛翔し、逃れようとした。このまま混沌の真っ只中に墜落すれば、ギーケアーとて生き延びられるか分からないのだ。

 だが通りを横切ろうとした一瞬、高速で蛇行飛行するギーケアーの、右の翼だけが執拗に射貫かれる!


 空中でギーケアーは錐揉み回転し、石畳に滑り込んだ。

 右の翼は防具ごと消し飛び、もはや根元しか残っていない。


「なんだ、今のは!? まさか狙ってやったというのか!?」


 通りの向こうには、魔法で作った即席櫓があった。

 その上からの射撃だ。


 定置魔弓は、弦の無い弓から魔法の矢を連射する兵器。

 生身の術師では通常まかない得ぬ、多量の魔力リソースを消費することで、恐ろしい破壊力を生み出す。


 どうせこんなもので遠距離の相手を正確に狙うことなど誰にもできないので、限りある魔力リソースを有効に使うため、精度は犠牲にされている。五発、十発撃って一発当てる武器だ。

 狙いが大雑把でも構わない、大軍や大群、巨大な標的に使ってこそ力を発揮するもので、間違っても、飛行中の魔鳥族ハルピウスの翼を百発百中で射抜ける兵器ではないはずだ。


 しかしギーケアーは熟練の武人、戦場で不可解な出来事に遭遇した経験もある。常識外の攻撃だろうとも、これを偶然と考えて敵を侮るべきではないと判断した。


「くっ!」


 残った左腕を使い、人魔の奔流を鎗で掻き分け、ギーケアーは敗走した。

 片翼を焼かれては飛翔かなわず、その脚で。


 *


「退くな! 戦え! 民を守るのだ!」


 どこかの騎士が、配下の兵に向かって叫んだが、さて、その声は何人に届いただろうか。


 状況は混沌としており、異常だった。

 魔物兵たちは我が身を犠牲にしてでも、一人でも多く殺すために突撃してくる。何しろ相手が限界以上の突撃しか考えていないので、防衛線を張るなんて考え方は通用しない。


 戦略は無し。戦術は無し。四方八方の敵を斬り、市民を庇って斬られる。

 個々の技と力、そして、信念だけで、戦士たちは戦っていた。


 その乱戦の最中に突如、光の矢が突き刺さる!


「おわっ!?」

「ギイイイッ!」


 ちょうど自分と戦っていたゴブリンが、定置魔弓の魔法弾に焼かれ、兵士は飛び退いた。


「おい、どこのバカタレ操機兵だ! 俺に当たったらどうする!」


 大騒ぎの中でどれだけ届くか分からないが、声を張り上げて彼は背後に抗議した。


 敵味方が混在する場所へ定置魔弓を打ち込むなんて、絶対にあってはならぬこと。敵と同じだけ味方が死ぬ。

 定置魔弓は突撃してくる敵を薙ぎ払うために使うべきものだ。


 実際、敵が異常な突撃を始めてからというもの、防衛兵器による援護は途絶えている。こんな状態で使えば味方にも当たる。定置魔弓もそうだし、大砲などもってのほかだ。

 そんな命令が下るはずはなく、血迷った操機兵が独断で馬鹿な真似を始めたとしか思えなかった。


 しかし。


「ギャヒ!」

「ギッ!」

「ギエア!」


 次々と光の矢が降り注ぎ、それが、魔物だけを正確に射殺していく。

 芋を洗うような混戦の中で、人には一切当てることなく。


「…………なんだ、こりゃ?

 何が起こってるんだ?」


 乱戦は、一気に歯抜けになった。


 敵の数が減れば、それを掃討するのは容易になる。戦いは加速度的に終息していった。

 地獄のような戦いが突然ぷつりと途切れ、その場の皆は勝ち鬨も上げず、幻術狐サイコフォツクスにつままれたような顔をしていた。


 * 


 悪魔の手が、ミスリル製の首当てごと、騎士の首を握り潰した。


「てめぇかぁ……さっきからコソコソと魔法を飛ばしてやがったのは」

「ぐ……あ…………」


 ここは集合住宅の屋上。

 レベッカと悪魔の戦いが始まったのを見て、防人部隊の術師たちが、周囲に潜んでレベッカを援護していたのだ。

 この騎士も、その一人である。


 建物の外壁をよじ登ってきたレベッカを見て、悪魔は騎士の死体を放り出し、歯を剥き出して笑った。


 人の顔立ちというものは、普段の表情が刻まれてできるものだとレベッカは思っている。この下品で知性を感じられない薄っぺらな笑いは、ログス・ギーランの顔にあるべきものとは思えなかった。なるほど確かに、これは悪魔だ。悪魔がログスに取り憑いたのだ。


「さぁて、そろそろお前のお友だちも居なくなったんじゃねえか? ああ?」


 嘲笑う悪魔に、レベッカは鼻で笑い返す。


「馬鹿な指揮官ね。ゴブリンコマンダーでも、もう少し賢いわよ」

「何?」


 レベッカは悪魔を追って集合住宅の屋上によじ登った。

 高いところに上ったその一瞬で、レベッカは街全体の戦況を横目に見て把握していた。


 屋上の手すりを蹴って、レベッカは後ろ宙返りをする。

 直後、砲撃によって建物が丸ごと吹き飛んだ。

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