24 サバロ防衛戦:暴走
ギーケアー・ケッケルクは、ドゥモイ伯クオルの家臣。
此度のサバロ攻撃は、『悪魔』本人と、それがチート能力で従えたという魔物たち。そして、クオルが『悪魔』に貸し与えた部隊によるものだが、ギーケアーはそのうち、クオルによる援軍の長だった。
その肉体にギーケアーは、飛行用に極めて慎重な重量調整がされた軽量甲冑を身につけている。翼は骨部分のみを鎧い、ミスリルの針金を編んだ防矢幕を垂らした構造だ。
戦場ではもちろん、その飛行能力を活かした空中機動戦を主な役目とする。
人は、空を飛ぶ魔物を飼い慣らしたり、飛行用のゴーレムに騎乗することで空中戦を行うが、
ギーケアーは地上部隊の指揮を別の者に任せ、己は
街壁上の魔動砲や、街の各所に据え付けられた定置魔弓は、まさに一機当千の恐るべき力を発揮する。市街戦では使いにくいだろうが、こちらの陣列が固まっている所を狙われたら大打撃を被る。
それら魔動兵器の操手を直接狙い、可能であれば兵器自体も使用不能にする。
そうして味方の突撃を支援するのがギーケアーの目的であった。
同時に、空中から戦場を俯瞰できる空行兵部隊は、全体の状況を最もよく把握できる。
ギーケアーらが空中から味方全体に情報支援を行えば、戦いを的確に進めることもできるのだ。……本来なら。
だが『悪魔』は、ギーケアーの進言など聞き入れない。その手下たちは正気とも思えぬ状態だ。
ギーケアー配下の地上部隊だけでは、戦況のコントロールも限界がある。
しかも、成り行きは更に複雑怪奇な方へ向かっていた。
空中から戦場を見ていたギーケアーは、その異変に即座に気付いた。
「地上の連中は何をしている?」
「市民の避難先を知るなり矛先を変えました」
「何故だ」
もっぱら観測を担当させている、傍らの従騎士にギーケアーは問う。
『悪魔』の軍勢は先程まで、敵が本営としている、街中心の城館を攻略するべく戦っていたはずだ。
ところが、今は決死の全軍突撃による敵中突破で、南東側の広場を目指している。敵の陣地を無視して突撃しているのだから、味方の被害も甚大だ。そのリスクを取る価値はあるのか。そもそも何が目的なのかさえギーケアーには分からない。
「推測でよろしければ述べますが。
攻撃開始の際、『悪魔』が『一人でも多く殺せ』と命じましたね。
おそらく、それを忠実に実行して、より多くの人族を殺せる方向に流れているものかと」
「はあ……!?」
ギーケアーは絶句する。
その予測が斜め上の内容だったから、ではない。
その予測が斜め上の内容であり、かつ妥当性があると思ったからだ。
『悪魔』のチート能力については、『悪魔』が自らクオルに語っており、クオルも配下に対して内容を共有している。
奴は、おぞましい事に、魔物を絶対服従状態にするチート能力を持つというのだ。『悪魔』の奴隷にされた魔物たちは、どんな些細な命令であれ、従順に遂行する。
「……
従騎士が足の鉤爪で掴んで差し出した(飛行中は足を使うしかないのでこれは無礼な振る舞いではない)
『馬鹿野郎! 上から見て分からねえのか、俺は忙しいんだ!』
「貴公の部下が作戦目標を無視して、市民虐殺のためだけの突撃を始めている!
戦いの場を離れて指揮に戻られよ!」
ギーケアーは委細気にせず怒鳴り返した。
この作戦の指揮官は一応、ギーケアーではなく『悪魔』だ。だが『悪魔』は特に指揮らしいことをしていなかった。
自分が暴れている間、誰かに指揮を委ねるでもなく、各々の判断で攻撃させている。
そして、どうやら、その作戦を変える気はなさそうだった。
『どっちが先かの問題だろう。ちょうどいい、恐怖を与えてやれ』
「勝ちの目を捨てるとおっしゃるか!」
『ムカつく奴は全員ぶちのめす! それが俺の勝利だ!
そのための力! そのための兵!
タダ乗りしてるてめえらが口を挟むんじゃねえ!』
「なっ……それはいかん! 今すぐ勝利のための行動に戻らせるのだ! さもなくば」
「危ない!」
空気を擦る風切り音。
地上からの稲妻が、一閃!
『悪魔』が女冒険者と戦いながら、上空のギーケアー目がけて魔法を打ち込んだのだ。
狙いは外れていたが、それは単に遠くの獲物を狙う技術が無かっただけで、おそらく当たれば死んでいた。
ギーケアーはクチバシの中で鋭く舌打ちした。
「将の器にあらず」
元よりギーケアーは、その超常的戦闘力以外、『悪魔』を一切評価していないが、どうやら自分が思っていたより『悪魔』は遥かに愚かであるらしいと、評価を下方修正した。
「仕方が無い……
どうせ、敵味方と市民が入り乱れた状況では、向こうも防衛兵器を使えぬだろう。空行兵は地上の援護に回る。
低空から乱戦に横槍を入れ、確実に敵を減らすぞ。屋根より高くは飛ぶな」
「はっ」
クオルからの指示は、『悪魔』に従うことではなく、サバロ攻撃が成功するよう協力することだ。
ギーケアーはそれに従って動くことにした。
* * *
突撃してくる魔物たちに押し出されるように、人波の怒濤が生まれた。
それが向かう先は、とにかく個々人が見ている方。どちらへ行けば助かるか、なんて考えるのは後だ。逃げられる方に逃げなければ、数十秒後には死ぬのだから。
「逃げろ! 早く逃げろ!」
「どっちへ逃げればいいんだ!?」
「おい、押すな押すなぎゃあっ!」
「おがーざぁーん!!」
ぶつかり合い、折り重なり、倒れた者に魔物が襲いかかる。
あるいは魔物にやられる前に、人に踏み潰されて死ぬ人も居そうだったが、そんなものは最早、踏み潰されている本人以外の誰にも気づかれないだろう混乱状態だった。
「……よし、この辺りにはまだ魔物も居ないな」
そんな中、ルウィスやアルテミシアたちは、広場から二ブロック離れた通りに脱出していた。
民家や商店の壁に穴を開け、一直線に通ることによって。
「こんな魔法もあるんですね……」
アルテミシアは、背後の建物の壁に空いた大穴を振り返る。
ハンマーでぶち抜いたわけでも、ダイナマイトで爆破したわけでもなく、ルウィスの護衛の騎士が杖を一振りすると、煉瓦のような壁が泥になって溶け、穴を開けたのだ。
「家を建てるときは、まず魔法で土を捏ねて枠組みを作るだろう?
あれと同じ原理の魔法だ。この通り、戦場でも役に立つ」
ルウィスは当然のような顔で説明するが、地球からこちらに来たばかりのアルテミシアは、魔法による建築現場など見た事が無いわけで、曖昧に頷いて誤魔化した。
「坊ちゃま、我々が血路を開きます。
魔物どもが追いつかぬうち、南東側の街壁に向かいましょう」
「頼むぞ」
ルウィスの護衛として付いている二人の騎士が、鎧の胸に手を当てて、力強く頷く。
直後!
彼らは鋭く振り向いて、目にも留まらぬ早技で剣を抜き打った!
「きぇえいっ!」
大きな何かが降ってくる音。
鋭く金属を打ち合う音。
大きな羽音。
それはあまりにも一瞬の出来事で、アルテミシアは全く反応できず、何が起こっているかも分からなかった。
「ぬうん! この速度で反応するか!」
両足の鉤爪に鎗を握って構え、空から急降下攻撃を仕掛けてきた鳥人間みたいな魔物騎士が、ルウィスの護衛騎士に超反応で打ち返されたのだと、アルテミシアは後から理解する。
その翼人は、ルウィスの護衛騎士に比べると、スマートでスタイリッシュな鎧を身につけている。そして顔の上半分を覆う兜を被っているのだが、その下から見えるクチバシや、兜の形から察するに、こいつの頭部は鳥のそれであるらしい。
翼人の騎士は着地と同時に、足に握っていた鎗を蹴り上げ、両翼の先の手でアクロバット演技のように鎗を振り回し、轟と穂先を突きつけて構え直した。
「我はドゥモイ伯一の騎士、“風貫き鎗”のギーケアー・ケッケルク!
ケセトベルグ伯ご子息の首級、貰い受ける!!」
「させぬ!」
護衛騎士の片方は大きな盾を、もう片方は背負っていた弓を構えた。
するとギーケアーは足に鎗を持ち替えて再び舞い上がり、素早く蛇行するような軌道で突撃。正確な狙いの矢を鎗で打ち払い、鋭く翼を折りたたんで急降下突撃!
だがそれを、盾による堅い守りが阻む!
自在に天を舞う相手に、重力に縛られた人間は、分が悪い。騎士たちは、攻撃と防御を分担して二対一で対空戦闘をするべきだと判断したのだ。
相手も屋根より高く飛べば、街壁や
「お前たち……!」
「坊ちゃま、お逃げくだされ!」
「くそっ!」
ルウィスは自ら杖を振るい、近くの建物に穴を開けて飛び込んだ。
彼の肩にしがみ付いているギルバート、次いでアルテミシアとアリアンナが建物内に逃げ込むと、ルウィスは再び杖を使って穴を塞ぎ、護衛騎士たちとギーケアーの姿は見えなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます