17 束の間の光

 街を囲う外壁の上に、巨大な水晶玉のような機材が据え付けられていた。


「魔石の備蓄は足りているか?」

「厳しいですが、ここは使うべきでしょう」

「うむ」


 軍の操機兵が魔力導線の配線を繋ぎ、魔力を帯びたインクで床に呪文を書き付ける。

 その作業を監督しつつ、ルウィスとセドリックは話していた。


「繋がりました!」

「ご苦労」


 巨大水晶玉が、空に向かって光を投射する。


 すると、巨大な人影が街の上空に浮かび上がった。

 マジックアイテムの力によって生み出された幻像だ。

 それは深紅の装束を身に纏った、威厳ある壮年の男性だった。


 街からは、驚愕と歓喜のざわめきが立ち上った。

 街壁上の者たちは、空に浮かんだ幻像に向かって、胸に手を当て臣従の礼を取る。


『勇敢なるレンダール騎士たちよ。そして、我が民、我らが兵よ。

 余はレンダール王、ジョセフ・ゲインシャー・ゼノヴァ=レンダールである』


 優しく、深みのある声が、こだまのように響きながら街中に轟いた。


 空に浮かんだ幻の巨人みたいなこの男は、ジョセフ王。

 本物は遙か北東の王城に居るし、もちろんこんなに巨大ではないのだが、そこから魔法の力によって、姿と声をこの場に届けていた。


『諸君が多大なる困難に見舞われていること、既に聞き及び、余は胸が張り裂けんばかりの悲しみと、天を破るほどの怒りを覚えている。

 命を落とした全ての者に、お悔やみを申し上げる。

 そして……今、生きている全ての者たちよ。よくぞ耐え、生き延びてくれた』


 典礼用の冠を被った王は、我が身か我が子の事のように、嘆き、怒り、労る。

 雨垂れが地を穿つように、一言一言、王は言葉を投げかける。


『余は、そなたらを決して見捨てぬ。

 間もなく勇猛なるレンダール騎士たちが、正義の剣となってそなたらを救う。

 その時、魔物どもは、我が国に攻め入った愚かな選択を後悔するであろう』


 街からは爆発的な歓声が上がった。それはやがてジョセフ王を称える掛け声や、広場ごとにバラバラのタイミングで始まる国歌斉唱になった。


 * * *


 広場の一つには、避難民向けのテントが並んでいた。

 此度のような侵略でなくても、魔物が襲ってくることはあるわけで、街はそんなときに周辺農村の人々を収容する備えがある。

 今の季節ならテントでも、寝泊まりにそこまで苦労は無い。


「聞いたっすか!」

「はいはい、よく聞こえましたよ。

 陛下は、ほんにええ御方じゃあ。ちゃんと、わしら民草のことを考えておいでだ」


 焚き火に当たる老婆と、休憩中のカルロスは、二人で茶を飲んでいた。

 興奮して沸き立つ人々の中で老婆は、ジョゼフ王が消えた空を拝んでいた。


「お陰様で、このばばあもまともに死ねそうだよ。

 陛下と、あんたのお陰さ」

「えっ、いや、俺なんか陛下に比べたらとてもとても」

「なぁにを言うかいね。

 あんたが助けてくれなかったら、あたしゃ村に独り残って、魔物の餌になってたろうさ。

 そしたら、後から陛下がどんだけ騎士様を送ってくれても、あたしゃ死んだままよ。

 あんたみたいな兵士さんがいるから、陛下も下々のもんを助けられるのさぁ」

「は、はあ、そりゃどうもっす……」


 まさか国王陛下と並べられると思わなかったカルロスは、勿体ないやら恥ずかしいやらで、首をひねるばかりだった。


「俺のばあちゃんのこと、考えたんすよ。

 俺だったらばあちゃんを置いて逃げられねえ。親父もお袋も弟たちも、牛もっす。

 そう考えたらもう、たまらなかったんす」


 単純な考えだという自覚はカルロスにもあった。

 悲しい目に遭うのは嫌だ。自分であろうと、見知らぬ他人であろうと。

 だから、自分ができることをやった。たったそれだけの、ささやかな戦いだ。


「ねえ、あんた、村に帰ったら良い人居るのかい?」

「げふっ!? ごふっ!」


 突然突拍子も無い話をされて、カルロスは飲もうとした茶を肺に入れてしまった。


「いや、居ねえっす……けど……」

「あんれま、そしたら、うちの孫娘なんかどうだい?

 あんたみたいないい男にだったら、安心して預けられるってもんだわ」

「ええ……?」


 農村では結婚相手など、本人よりも親や家族との縁で決まるものだ。

 だとしても話が一足飛びだが。


「今年、八つなんだけどねえ。

 ありゃ、いい女になるよ。間違い無い」

「…………その子が結婚できる頃には俺、結構なおっさんだと思うっすよ」


 カルロスが思うよりも、さらに話が早かった。

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