送還された勇者・・の孫、しかも淫魔

黒江 ロフスキー

第一章 勇者の孫 日本に降り立つ

プロローグ 勇者一族との別れ



 [惑星リル】この世界の女神の名と同じこの星には東西に二つの大陸がある。


 東側の大陸は獣人やエルフやドワーフと呼ばれる種族が国や集落を作り住んでおり、西側にある大陸はルトワーク王国という人族の国家が統治している。


 そんなルトワーク王国の南東の海岸沿いに、大陸一と呼ばれている巨大な港がある。そしてその港を見下ろせる小高い丘の上に、黒いマントを羽織り仕立ての良い服をだらしなく着崩した焦茶色の髪をした青年が立っていた。


 彼の名はユウト・クドウ。200年前に地球より召喚され魔王を倒しこの世界を救った勇者、工藤 秋斗アキトの孫である。そして勇者秋斗が国王より褒美として与えられた、この港のある領地を治めるクドウ伯爵家の一族でもある。


 ユウトは今年20歳になったばかりで、背丈はこの世界の人族では平均の180センチほどだ。顔はいわゆるフツメンと呼ばれる範囲だが、美男美女の多いこの世界での普通の顔なのでそこそこ整っている。しかし魔族である祖母の影響か目が赤いことから、この世界の力ない一般の住民からは恐れられ忌避されていた。


 そんな彼の視線は、港に停泊している巨大な数隻の鋼鉄の魔導船に向けられていた。その鋼鉄の船の側面から伸びる階段には、乗船をするために次々と人が乗り込んでいっている。他に停泊している船も同じような状態で、港は乗船を待つ者たちでごった返していた。恐らく5万人以上はいるだろう。


 人々が乗り込んでいく魔導船の隣にはもう一隻甲板が真っ平らな船があり、その船には港のクレーンから大さな木箱が山のように積み込まれていた。


 魔導船に乗り込む者たちの姿は多種多様で、獣の耳が生えている者もいれば尖った耳をした美しい男女もいる。背は低いがまるで丸太のような野太い腕と足をし、立派な髭を生やしている者も多くいた。年齢も幼い子供から老人までと幅広い。そんな彼らは全てこの地に住む領民だ。


 領民がなぜ船に乗り込み、大量の物資も積み込まれているのか? それには理由がある。それは彼らがこの大陸から離れ、隣の大陸へ移住するからだ。


 百年以上も住み慣れた土地から離れるにしては、その表情は誰も彼も明るい。そこに新たに住む土地での生活に不安を抱いているようには見えなかった。


「みんな国を出ることに不安はないみたいだな」


 ユウトはそう呟くと安心したかのように口もとを緩めた。


 すると背後から魔力の気配と共に風が巻き起こった。


 その魔力と風に覚えのあるユウトはゆっくりと振り向くと、金色の髪を肩まで伸ばした端正な顔立ちの青年が立っていた。


 彼の名はリンドール・クドウ。勇者秋斗の正妻でエルフでもあるララノール・クドウの長男で、秋斗の跡を継いでこのクドウ伯爵家の当主となった男だ。実年齢は150歳だが、見た目はハーフとはいえ長寿のエルフの血が入っている影響のせいか、30代半ばくらいに見える。彼はその温厚で真面目な性格と、エルフには及ばないが長寿なことから30年前に秋斗から家督を譲り受け当主として今日まで伯爵家を取り仕切っていた。


 そんなリンドールへユウトは軽く手をあげて挨拶をする。


「叔父さん久しぶり」


「精霊がユウトがいると知らせてくれたので来てみれば、こんなところにいたのですね」


「ここなら領民たちの様子がよく見えるからな。それよりも新天地の方の受け入れ準備はできてんの?」


「ええ、獣王主導で獣人の皆さんと、あちらの大陸に住むドワーフやエルフたちが大急ぎで住居を建ててくれました。おかげで民たちに不自由な思いをさせる事はないでしょう」


 獣王とは勇者秋斗の玄孫だ。人族である秋斗の血が入ってはいるが、獣王はほぼ獅子の獣人の姿である。そんな彼は獣王という呼称の通り隣の大陸にある獣王国の国王をしている。


 ユウトも幼い頃に遊んでもらったことがあり、なかなかに豪快な性格をしていたと記憶していた。その獣王にこの大陸を離れることが決定してすぐ、リンドールが協力を要請した。その結果、領地を割譲してくれただけでなく、他種族にも声を掛けて短い期間で5万人以上もの領民の受け入れ準備を整えてくれた。


 ユウトはそっかと言って再び港へと視線を向ける。


 そんなユウトの隣にリンドールが並び立つ。そして一緒に船に乗り込む領民たちを眺めていると、リンドールが沈んだ表情を浮かべ口を開いた。


「私の力が足らなかったばかりに皆には苦労をかけてしまいました」


「叔父さんのせいじゃないだろ。神殿と王家が恩知らずだっただけだ」


 弱々しい声で己の無力さを口にする叔父に対し、ユウトは眉間に皺を寄せそう答えた。


 3年前に勇者秋斗が亡くなってからは、クドウ伯爵家を取り巻く環境は激変した。全ては人族至上主義の神官による神殿の掌握と、敬虔な信者であると同時に野心家でもある新王が即位した時から起こった。


 新王は神殿からの進言を聞き入れ人族以外の種族を抑圧し、王家よりも国民に人気のあるクドウ家の力を削ぎたかった。そしてクドウ伯爵家が秘匿する魔導兵器の製造技術を手に入れ、もう一つの大陸を支配し世界の王になりたかった。


 新王はまず最初にクドウ家と近い貴族の排除を始めた。そしてクドウ伯爵家を貶めるための言い掛かりの数々を国内に流布し、最後は反逆の意思があるのではないかと疑われた。


 亡き勇者のことには触れない。そこに触れてしまえば王であっても国民から非難されるからだ。あくまでも勇者の後継者が仲の良い貴族たちと共謀し悪さをして私服を肥し、王国に混乱を起こそうとしているという風に持っていっていた。


 クドウ伯爵家は世界を救った勇者の血筋だ。勇者秋斗がこの世界に召喚された際に得た、勇者特典と本人が呼んでいた固有魔法を受け継いでいる子孫も多くいる。


 さらには秋斗が固有魔法の一つである『言語』と『鑑定』によって古代文明とそのさらに前の超古代文明の技術を解析し、地球の兵器を参考に開発した数々の魔導兵器もある。


 反逆の汚名まで着せられそうになった今、クドウ一族がその気になればルトワーク王国を滅ぼしこの大陸に新たにクドウ王国を建国することは可能だろう。それだけの力が勇者の一族にはあった。


 しかしその選択を現当主であるリンドールも、一族の長老らもしなかった。王国を滅ぼすことは可能だ。だが戦うのは王家と貴族に仕える騎士たちだけではない。この国の領民たちも戦争に駆り出されるだろう。当然戦闘の余波で田畑も荒れる。そうなれば150年以上かけて復旧したこの大陸が再び荒れ果て、多くの民が戦死し貧困に喘ぎ飢え死ぬだろう。


 それは無理やり召喚されたにも関わらず、この世界の弱き人々を守るために戦った勇者秋斗が望むことではないだろうと。だから一族は断腸の思いで故郷とルトワーク王国を捨て、希望する者たちを連れて隣の大陸へと移住することに決めた。


 数週間前からここにいない一族の者たちが、総出となって伯爵領の情報を遮断している。海に出てさえしまえば、王国はそう簡単には追っては来れないはずだ。


 クドウ伯爵家が王国を出奔したことで、神殿は大陸から亜人を排除できたと喜ぶだろう。しかし王と他家の貴族たちは悔しがるに違いない。強く国民から王家より人気があった勇者がやっと死に、残った一族を脅して技術を得ようとしたらまさか領民ごと大陸から出ていくなど考えてもいなかっただろう。クドウ伯爵家の血の繋がりと、王家を凌ぐ財力を見誤ったのだ。


「そうですね。当主がエルフとのハーフである私ですからね。いくら訴えても王も神官長も話を聞いてくれませんでした」


「そうは言っても一族に純粋な人族はいねえしな。誰が当主でも同じだったって」


 勇者秋斗の9人の妻は全て他種族だ。正妻のエルフを筆頭に側室に獅子、虎、兎、猫、狐の獣人、ドワーフ、ダークエルフ。そして魔族のサキュバス。そんな妻たちの子で純粋な人族などいるはずもない。ユウトの言った通り、誰が当主となっても同じ結果だっただろう。少なくとも9人目の妻であるサキュバスの血が入っているユウトが当主をやるよりは遥かにマシなはずだ。


 魔王を倒して200年近く経ったとはいえ、未だに各地で魔族の残党がテロを起こしていることから国民の魔族に対しての反感は根強い。そのため4分の1しか魔族の血が流れていないユウトでも、魔族と同じ赤い目をしていることから幼い頃より言われのない中傷を受けてきた。


 そんな仕打ちを受けても彼が明るく育ったのは、どんな時でもユウトを守ってくれて一緒に馬鹿をやってくれた祖父の秋斗のおかげだろう。


「そう……ですね。私としたことが弱音を吐きました。これから付いてきてくれた領民たちを守らねばならないというのに、これではいけませんね」


「そうそう、叔父さんには皆を守ってもらわなきゃな。俺の分も皆を頼むよ」


「ユウト……やはりニホンへ行ってしまうのですね」


 ユウトが一緒についてくる気がないことを知り、リンドールは悲しそうに呟いた。


 わかってはいたのだろう。ユウトの母もそうだったが、この世界は魔族の血をひく者には生き辛い。


「ああ、死んだ爺ちゃんとの約束だからな。それに俺もガキの頃から日本に行ってみたかったしな」


「そうでしたね……フフッ、一族で一番目を輝かせて父上の故郷の話を聞き、父の描いたマンガを読んでましたものね。乗れるといいですね、人型機動兵器」


 マンガは絵才のあった秋斗が故郷の日本のことを子供達に伝えるために描き始めた。それはやがて一族だけではなく、写本する者が多く現れたことで国中に広まり秋斗は大人気作家となった。今では秋斗の弟子を名乗る多くの漫画家が様々な漫画を描き人々を楽しませている。


「それな。200年だからな。爺ちゃんがいた時には飛行機っていう鉄の箱が人を乗せて空を飛んでたんだ。ガンドムなんかとっくにできてんだろ」


 秋斗は絵がそこそこ上手かった。だがめんどくさがりの彼が描いた漫画は全てパクリだった。異世界でバレるはずがないのに微妙に作品名を変えているのは、原作者に負い目を感じたからかもしれない。ワンピースをワピースに変えようがパクリはパクリなのだが。


 そんな祖父である秋斗の描く漫画の中で、ユウトは白い人型機動兵器に乗る少年の話が大好きだった。特に赤い機体に乗る怪しい仮面の男との戦いには子供心ながらに胸を熱くさせていた。そんな夢の人型機動兵器に乗れることをユウトは楽しみにしていた。


「フフッ、少し羨ましいですね……ユウト、父上を故郷のニホンに帰らせてあげてください。お願いします」


「ああ、爺ちゃんと一緒に日本に行ってくる。叔父さんも元気でな」


 そう言ってユウトは真っ赤な拳大ほどのひし形の宝石を取り出し魔力を込めたあと、『顕現せよイグニス』と言って後方へと投擲した。


 するとその赤いひし形の宝石がカッと強烈な光を放ち、その光の中に体長50メートルはあるであろう真っ赤なドラゴンが現れた。


 これこそが祖父である勇者秋斗から受け継いだ、固有魔法『魔封結晶』である。この固有魔法は魔物を隷属させ結晶化して封じ、魔力を対価にいつでも呼び出せるという固有魔法だ。


 ユウトは自分で隷属させた魔物や、秋斗から受け継いだ魔物の魔封結晶を大量に所持している。今回はその中の一つ、S級ダンジョンのボスであり、SSランク魔獣に指定されている火竜王『イグニス』を呼び出したのだ。


 呼び出されたイグニスは咆哮を上げようとしたがユウトが腕を突き出しそれを諌めると、素直に従いユウトが背に乗りやすいように首をもたげた。


「フフッ、何度見てもとんでもない固有魔法ですね」


「隷属させるのに戦って瀕死にさせなきゃいけないけどな。子供の頃は魔力増加と精霊神の加護を持ってる叔父さんがめちゃくちゃ羨ましかったよ」


 勇者である秋斗が召喚された際に得た固有魔法は、『言語』『鑑定』『魔力増加』『魔封結晶』の4つである。さらに精霊神の加護も得ている。これらの固有魔法は遺伝秋斗の子や孫たちに受け継がれたが、一族の中で唯一ユウトだけが魔封結晶の固有魔法が発現した。


 その一方、エルフの血を引くリンドールは魔力増加と精霊神の加護の二つを受け継いでいる。まだ弱かった頃のユウトは強力な魔物と倒す寸前まで戦わないといけないより、膨大な魔力を持ち全属性の精霊と契約ができるルンドールの方が羨ましかった。


「確かに全ての精霊と契約できるのは反則ですね」


「だろ? まあそんな叔父さんが当主をしてるから安心してみんなを任せられるんだけどな。ああそうそう、言い忘れてたけど王国からの出兵は当分ないから安心してくれ」


「はい? それはどういう意味です?」


 イグニスにまたがりながら満面の笑みで語るユウトの言葉に、リンドールは若干嫌な予感を感じつつも聞き返した。


「あははは! 昨晩ちょっと王都に遊びに行っててさ。ヴリトラを放って混乱している間に武器庫に忍び込んで、うちが納品した魔導兵器を回収できるだけ回収して来た。だから最悪王国が攻めて来ても余裕で勝てるから安心してくれ」


「なっ!? ヴ、ヴリトラを王都に!? 」


 笑顔でとんでもないことを口走ったユウトに、リンドールの顔は一気に青ざめた。それも当然だ。ヴリトラとは魔王の元騎竜で、SSSランクに指定されていた暗黒竜だ。魔王を倒した後に秋斗が魔封結晶で結晶化し、ユウトがそれを受け継いだ。そんなドラゴンを王都に放てばどうなるか? 間違いなく王都は跡形もなく消し飛んでいるだろう。


「ああ、大丈夫大丈夫。王城は破壊してないからあの恩知らずのクソ王は無事だし、一般人にも被害がないから。まあ大神殿は全壊しちゃったし、王国騎士団も魔導兵団も壊滅してるだろうけど。んじゃまあそういうことで! 俺はもう行くわ! じゃあな叔父さん! 元気でなー!」


「あっ、ユ、ユウト待ちなさい!」


 笑顔で手を振り火竜王に乗って飛び去っていくユウトをリンドールは呼び止めるが、あっという間に空の彼方へと飛び去っていってしまった。火竜王の姿が見えたのだろう。港では領民たちがユウトの名を呼び手を振っている。


 そんな領民の姿が視界に映ったリンドールは伸ばした腕を戻し、そして深くため息を吐いた。


「はぁ……まったくあの子は……しかし……フッ……ククク……そうですね。あの子が黙っているはずがありませんね。私としたことがあの子の性格を失念してました」


 ユウトは少々考え無しな所があるが基本的に心優しい青年だ。ただ、自身が受けてきた差別などの経験から、理不尽な行いに対しては苛烈に対応する。そんなユウトが祖父に国を救われておいて、その祖父が死んだからとその家族を迫害しようとする王国に何もしないはずがない。王城を破壊せず王族を殺さなかったのは、リンドールや長老たちの決定を尊重したからだろう。この世界を捨ていなくなる自分にそこまでやる資格はないと思ったのかもしれない。


 大神殿を破壊したのは、人族至上主義の彼らがいなくなっても誰も困らないからだろう。もしかしたらこの大陸にわずかに残る人族以外の種族のために排除したのかもしれない。


 いずれにしろこれでクドウ伯爵家と同等の装備を持つ王家直轄の王国軍はその装備を多く失い、騎士団と魔導兵団まで壊滅させられた。そんな状態では、王国がたとえクドウ伯爵家が出奔したことを知っても追いかけてくることはできないだろう。装備を補充しようにもその装備を唯一作れるクドウ伯爵家はもうこの大陸にいないのだから。結果として、ユウトのお陰で移住先で態勢を整える時間を作ることができた。


「ヴリトラを使ったのは、父が魔封結晶化したことを知る者が一族以外にいないからでしょうね。アレはそうそう表には出せませんし。王都への襲撃は魔族を残党の仕業に見せかける為にということなのでしょう。気をつかわせてしまったようです。あの子はいつも家のために人知れず働いてくれていました。今までありがとうユウト、日本で幸せに暮らせるよう祈っています。貴方に精霊神の加護があらんことを」


 リンドールはそう呟くきながらユウトが飛び去った方向へ向け祈りを捧げた。

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