一之三
そのあやかしが初めて
城に
その光景を見た瞬間、集まった大人たちは皆ぎょっと驚いた。
首は無い。鼻も口も無い。
目かと思われる位置に二か所、
垂れ下がる二つの肉を見て、顔はこちら側かと判別できた。
腕や
それほどに肉はぱん、と張り満ちており、しかし両脇の辺りはぶよぶよと柔らかそうな肉感を保ち、どの部位を見ても分厚く、また、巨大な顔の横から手足が生えたかのようなその姿は、見るもの全てに嫌悪感を抱かせるものであった。
◆◆◆
「……実に
奥に立っていた門番が言った。
「城の男どもがこぞって肉人に近づき、慌ててそいつを捕らえようとした。
しかし見た目とは裏腹に、その動きはまるで蝿のように俊敏で、捕らえることなどできなかった。大の男どもが一斉に襲い掛かっても、捕らえたと思った次の瞬間には手ごたえが無く、驚いたことに、気がつくと肉人は全く別の場所に移動しているのだ。
目の前に気味の悪い化け物がいるというのに、今一歩のところで、誰一人としてその肉の塊を捕まえることができなかったのだ」
門番の話に黙って耳を傾けていた蒼頡が、
「……ふむ……。なるほど。
それで、どうなったのですか」
「江戸殿の耳に入ったのだ」
別の門番が言った。
「騒ぎを聞いた当時の
江戸殿は、『その化け物を城の外に追い出し、遠くに追いやれ』と仰られた。
伝令を聞いて、男どもが肉人を何とか城の外へとうまい具合に誘導し、山の方へと追いやることに成功した。
それで、ようやく城内の騒ぎが収まったのだ。
肉人は山の奥に消えていった。
門番がそう言い終えた瞬間、蒼頡の目が、きらりと輝いた。
「んで、その気味の悪い肉のばけもんってのが……二年越しに再びこの城に現れたってわけか」
陸吾が、蒼頡の背中からひょっこりと顔を出して門番たちに問うた。
「ああ、そうだ。三日前の晩に、二年前と同じ姿をした肉人が突如、またしても中庭に現れた。
夜、見回りをしていた男どもがはっきりとその目で見たと、口を揃えて言い出したのだ。
男どもが目にした途端、その晩に現れた肉人はその時はすぐに、霧のように消え去ったそうだが。
すると、なんと昨晩も出たのだ。やはり夜、庭を通った侍女が中庭にいる肉人を発見し、腰を抜かして、その場で気絶してしまったのだ」
奥にいた門番が言った。
「肉人は今宵も現れるだろうよ。このままではこの駿府城が、肉塊の化け物が夜な夜な現れる薄気味悪い城として、あまりよくない評判が町に広まってしまうだろう。
しかし名高き陰陽師である貴方様なら、この肉人を退治することなど……まあ、
手前の門番が、冷たい目をぎらり、と光らせながら言った。
その門番の目を見つめ返した蒼頡の瞳は、星のようにきらきらと輝いていた。
「ふむ。承知いたしました。
では、今宵。その肉人が二度とこの駿府の城に戻ってこないよう、私がその肉人を退治いたしましょう」
蒼頡が力強くそう言うと、三人の門番はそれぞれ互いに顔を見合わせ、
やがて門が開かれ、蒼頡たち一行は肉人退治を行うという条件の
◆◆◆
その夜。
爽やかな夜風が、与次郎の頬をさらさらと撫でている。
御殿の中庭には、与次郎と蒼頡の二人のみが、星を見上げながら待機していた。
陸吾、狡、幽鴳の三人は揃って、肉人なぞには一切興味が無いようであった。
夕飯を食べ終わると、蜘蛛の子を散らすかの如く、皆散り散りにどこかへ立ち去ってしまった。
夜空には、無数の星々が
これから
「……肉人は現れるのでしょうか」
ふと、与次郎が小さく呟いた。
蒼頡が、ふふ、と含み笑いをした。
「ええ。おそらく。
きっと、姿を見せてくれるはずです。
ちなみに────肉人の名は、“
与次郎が、蒼頡の顔を見た。
「御存知だったのですか。
肉人について……」
与次郎が
「
と、一言だけ言った。
────その時である。
星の光が降り注ぐ美しい中庭に据えられた立派な岩陰が、二つになった。
蒼頡と与次郎が、同時に岩を見た瞬間であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます