第1話 ぴっちりした事務服をまとう少女は相当の魔法の使い手

十年後


 穏やかな春の陽気に微睡みを楽しんでいたジェフリーは強い魔力の波動に目を覚ました。


「うっ、うーん」

 大きく伸びをしてから、独りごちる。

「こんな魔力の持ち主が、俺のようなささやかな海賊のアジトに何の用だ? ここにはお宝なんかないぞ」


「千里眼」

 取りあえず魔力のする方を見てみる。

「ほっ、ほう」


 ぴっちりした事務服をまとった少女がうちの番兵と言い争いをしているようだ。


(何を言っているのだ?)

「聞き耳」


「だから、私はここの頭目に会いに来ただけです。あなたたちに危害を加えるつもりも、財産を強奪するつもりもありません。ここを通してください」


「信じられるかっ! 女一人でこんなところに乗り込んでくるなんざ何か企みがあってのことだろうっ!」

 

 少女の要求を番兵たちは、あっさり撥ねつける。


(ま、そりゃそうだわな)


「仕方ないですね。あなたたちの財産を少しだけ破壊します。出来るだけ最小限にしますのでご容赦のほどを」


バキバキバキ


 二人の番兵が×形に交差させていた槍の柄を粉々に砕き、少女は直進する。


 呆然とする番兵たち。しかし気丈にも残った柄で少女を殴ろうとする。


 だが、柄は少女に触れることが出来ない。番兵たちは衝撃を受けながらも声を絞り出す。

「おっ、おいっ、どっちに行くっ? そっちには頭目はいないぞっ!」


 その呼びかけに少女は振り向きもしないで答える。

「おつとめご苦労様です。ですがこの島で強力な魔力を放つ方は残念ながら頭目しかいらっしゃらないようですね。これでは偽装工作されても無意味です。私、魔力の発する方向に歩いて行けばいいのですから」


 それからも、海賊団の者たちは銃を撃ち、槍を突き、剣で斬りつける。


(頭が下がるなあ。ジェフリー頭目の俺は、こんなにもいい加減なのに、みんな一所懸命で。涙が出そうだわ。でも、残念ながら少女にはかすりもしない)


(「身体硬化」かなあと思ってたけど、ありゃあ「精霊の守り」だね。なかなかの使い手のようだ。それにしてもあの少女の顔。どっかで見たような気がするんだよなあ)


 ジェフリーは海賊稼業を始めてからというものの、いつ死ぬか分からないという理由で、女は後腐れのない商売女しか相手にしていない。


 だから、あんな清楚な女の知り合いがいる訳がないのだ。


 そうこうしているうちに少女はもうジェフリーのいる建物の入口まで来てしまった。


「頭目。おられますね。入らせていただきます」


「どうせダメと言っても入りたいのだろう」


「ご明察。入るべく最大限の努力を払わせていただきます」


 少女が建物に近づいたのでジェフリーには分かった。


 彼女は相当の魔力の使い手ではあるが、どうやらジェフリーの方が上のようだ。


 だから「阻塞バリケード」の魔法を使えば入っては来られないはずだ。

 だが、その時のジェフリーには彼女の正体を知りたい気持ちの方が強かった。


 ◇◇◇


「姿なき海賊団頭目ジェフリー様。面会をお許しいただきありがとうございます」


「無理矢理入ってきたくせに。何の用だ?」


「砕けた対応ありがたいですね。私も砕けましょう。ジェフリー兄さま」


「! おま…… アミリアかっ?」


「やっと気づきましたか。ジェフリー兄さま」


(そうかあ。俺が王宮を飛び出した時は引っ込み思案で何かあると姉のエリザの後ろに隠れていたアミリアがこんなに大きくって、待て待て待て!)

「アミリア。おまえ庶子とは言え第二王女だろう。そんな人間が一人で海賊のアジトに乗り込んでくるって、どういうことだっ?」


 ジェフリーの言葉にアミリアは大きく溜息を吐く。

「残念ながら、これが我がイース王国の現実です。そして、今の私の身分がこれです」


 アミリアが右手の人差し指を軽く振ると頭上に画面が現れた。


「イース王国国王エリザ オブ グランヴィル付特別秘書アミリア オブ グランヴィル」


(大人しくて、本が好きで、大人になったら王宮を出て、大学の魔法研究員になりたいと言っていたアミリアが国王付特別秘書!? いや、それよりも……)

「そ、その、エリザは元気なのか?」


 アミリアはまたも大きな溜息を吐く。

「エリザ姉さまの気苦労は私の比ではありませんよ。王国の内戦は一段落ついたとは言え、その傷跡は深いままですからね」


「そうか」


 エリザ。アミリアの姉。元イース王国第一王女。但し、アミリアと違い嫡子である。


 本来なら国王になるべき存在ではなかった。「ライオンハート」の二つ名を持つ長兄リチャードが後継者であることで衆目一致していた。エリザはどこかに嫁すべき存在だったのだ。


 他国に遠征したリチャードが敵兵の狙撃で不慮の死を遂げるまでは。


 その衝撃に先王ヘンリーをも倒れ、次の後継者を巡り、イースの国は紛糾した。本来なら後継者になるべき次兄ジョンの無能ぶりは国中に知れ渡っていたからだ。そして、第三子、第一王女であるエリザの聡明ぶりも知れ渡っていた。


 それならば国を挙げてエリザを擁立すればいいところだが、そうはならないのが人の世の難しさである。無能な王を望む貴族もかなりいたのだ。


 イース王国はジョン派とエリザ派に割れ、激しい内戦が起こった。先年エリザ派の勝利で終わるも国土にも国民にも深い傷跡を残すことになった。


(だからと言って……)

 ジェフリーは思う。

(今の俺に何かが出来るわけではない)


「いえそのようなことはないですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る