お開き:悪党、東京に繰り出す
【これにて了】
『いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?』
濃紺のエプロンを身につけたスターキラーコーヒーの店員の男性が、爽やかな笑顔で注文を聞いてくる。
ユーシアは目の前に提示されたメニューに視線を落とす。
外国の観光客にも対応しているのか、メニューには英語表記も見られた。こう言った配慮はありがたい限りである。
期間限定の商品にも目移りしてしまいそうになるが、金銭的余裕もないので無難な注文にする。
「じゃあアイスコーヒーで」
『アイスコーヒー?』
「リヴ君はどうするの?」
ショーケースに並んだドーナツやケーキなどの甘いものを凝視していたリヴは、ユーシアに呼ばれて顔を上げる。ショーケース越しに怯えた表情を見せていた店員のお姉さんが、あからさまに安堵したように胸を撫で下ろしていた。
あんな邪悪なてるてる坊主にショーケース越しの睨めっこをしていれば、不思議な緊張感もあるだろう。店員のお姉さんが可哀想である。おそらく本人は真面目にドーナツやケーキを眺めていただけだろうが、その風貌がよくない。
ユーシアが示したメニューを上から下まで視線を走らせたリヴは、
「これがいいです、抹茶あずきフローズンティー」
「期間限定の奴じゃん」
「いいでしょう、どうせ財布は僕らのものじゃないんですから」
しれっとそんなことを言うリヴに、ユーシアは苦笑する。それから店員の男性に「あとこれのレギュラーね」と注文をした。
レジに注文品を打ち込み、支払うべき金額が表示される。ユーシアは革製の財布を開くのだが、ここで問題が発生した。
当然だがユーシアは日本のお金に縁がない。なので、どの金額を出せばいいのか分からないのだ。
「リヴ君、助けてよ。日本円って何を出せばいいの」
「仕方のない人ですね」
リヴが横からユーシアの持つ革製の財布を掻っ攫うと、店員の男性に1枚のお札を叩きつけていた。
店員の男性は叩きつけられたお札をレジにしまい込むと、お釣りとして大量のお札と硬貨をリヴに返してきた。何のマジックが起きたのだろう。
レシートと一緒に『あちらでお待ちください』と店の隅っこを示されて、ユーシアとリヴは素直に移動する。
「注文品は大丈夫? 間違えてない?」
「大丈夫ですね。シア先輩、喋る時ゆっくりめだから聞き取りやすいと思いますよ」
「そう? 意識したつもりはないんだけどね」
ともあれ、注文を間違えずによかった。注文が間違えていたら変更とかの手順が面倒くさそうである、もうそこまでの労力を使いたくない。
スターキラーコーヒーの店内はスーツ姿のサラリーマンやOLなどの姿が見受けられ、休憩していたり携帯電話を片手に仕事をしていたりと各々の過ごし方を満喫している様子である。特に携帯電話を片手に仕事の真っ最中のサラリーマンは大変申し訳なさそうな表情で『申し訳ございません』と電話相手に謝り倒していた。
日本人とは仕事熱心な連中である。奪って殺して生きていくユーシアとリヴとは大違いだ。
ユーシアは携帯電話を手にして、
「ネアちゃんとリリィちゃんを迎えに行ったら東京観光に行こうね。俺もう疲れたよ」
「東京なんて何もないですよ」
「リヴ君にとってはでしょ。俺たち外国人からすれば日本はおもてなしの国だから何もかもが目新しいものだらけなんだよ」
特にネアは日本文化に興味津々である。メッセージアプリには『ここいきたい』『おにーちゃんまだ?』などの短文が連続している。そろそろお姫様も我慢の限界が訪れているようだった。
スターキラーコーヒーで注文を待っていることを伝えれば、猫が『OK』と書かれた看板を掲げるスタンプだけが送られてきた。朝食をまともに食べていないので、せめてコーヒーブレイクだけは許してほしいものだ。
すると、
『おい、会長が』
『急げ』
『秘書の奴も』
スターキラーコーヒーの外が、何やら騒がしくなった。
ふと視線を店の外にやれば、救急隊やら警察官などが雪崩れ込んできていた。どうやらようやくゲームファンタズマ社の会長と会長秘書が亡くなっていると通報があったらしい。
通行人は雪崩れ込んできた救急隊や警察官の存在に目を丸くしている。その衝撃はスターキラーコーヒーの店内にも伝播しており、噂好きそうなOLたちが声を潜めて『何あれ?』『どうしたんだろうね』などと会話を交わしていた。
会長と会長秘書を殺害した張本人であるユーシアとリヴは、
「興味ないですね」
「ね」
ちょうどそこに注文品の完成を店員が告げてきたので、ユーシアとリヴは注文品が詰め込まれた紙袋を受け取る。
何事もなく店を送り出され、ユーシアとリヴは平然と救急隊と警察官たちの横を通り過ぎる。冷たいコーヒーが美味しい。リヴも抹茶味のフローズンティーという氷を細かく砕いたかき氷のような飲み物を啜っている。
人混みの中に紛れる悪党2人は、
「東京で美味しいご飯はあるかなぁ」
「混んでいると思いますけどね」
「それでもいいよ、美味しいってことじゃん」
そんな観光客みたいなやり取りを交わして、東京観光に繰り出すのだった。
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