第51話 サヨナラ 2

 

 さよならって……。


 寂しすぎるよ。こんなふうに別れたくはなかった。増田さんの2023年の夏休みはこれで終了。


 人がまばらなゲームセンターの賑やかな音が虚しく響く。

 増田さんは一人で過去に帰るつもりだ。


「本気で帰りたい。ここから逃げ出したいって思わないと。………迷いがあるうちはタイムトラベルなんてできないのよ」


 それは河井君が一番わかってるはず……増田さんは僕の目をじっと見つめてきた。

 もちろん僕は最初に過去に行ってしまった原因を思い出していた。僕は執拗な嫌がらせから逃げていた。


 あのくらい追い詰められないと、それか心の底から他の場所に行きたいと思わないと過去や未来には行けないんだ。


「だから焼却炉はなかなか機能しなかった……違う? 一人で未来に帰ろうとしたよね? でも帰れなかった」


 増田さんはきつい口調で続けた。


「それは一緒に過ごした昭和の世界に未練があったからよ。河井君は過去のほうが過ごしやすくなってしまったの」 


そう思ったことは何度もあった。自分がいた令和より、不便だけど昭和の方がいいって。

それは楓や増田さん、柏木たちがいてくれたからであって……。


「……そんなことない」

 そう言ったけど、言葉に説得力はなかった。


「……河井君は私たちといた過去でやり遂げた。広樹おじさんは事故に合わなかった。過去を変えたんだよ。もう私たちに関わらないでいいのよ」


「でもまだ気になる事があるんだ」


「楓君のこと?」


「……いや……」


 言えない。増田さんに関係していることだとは。君の死についてだとは。

「彼も未来人でしょ?坂上楓も」


 僕は黙っていた。


「彼はきっと自分でどうにかするわ。とにかく今はあなたが邪魔。河井君、私から離れて。あなたがいるとこの扉は開かない」


「待って増田さん。もう少しだけこっちにいて欲しい。一緒に調べて欲しいことがある」

 彼女の腕を掴んだ。


「いやよ。知ってはいけない、知らないほうがいいことでここは溢れている。未来を調べるなって言ったのはあなただよ」


「そうだけど……」


「でもファミレスは楽しかった」


 増田さんは寂しそうに微笑んだ。

 もし、もしも増田さんが二度と過去に戻らなければ。交通事故で死亡する未来はなくなるのだろうか……。

 

 いっそのこと無理にでもそうしたほうがいいのか? 彼女を令和に止めるか?

 

 いや、そんなのはただのエゴだ。


「なにを隠してるのか知らないけど、私は帰るね。楓君に伝えるから。河井君が無事に自分のいた世界に戻れたことを」


 そう言って扉を押すと、扉が開いた-。

 中から光が漏れている。


「増田さん、待って! 増田さん……楓に伝えたいことがあるんだ」


「近くに来ないで。扉がしまっちゃう! 広樹おじさんのことは伝える。私は今すぐ上原君に会いたい」


「わかった。もう止めないよ。増田さんが帰れなくなったら大変だから、楓に伝えて……1999年に気をつけてと」


 楓に伝えては嘘だ。本当は君にだ。君と上原君が亡くなるんだ。君が気をつけるんだ。


「わかったわ。来るんだね」


 よくわからないけど僕は真面目に頷いた。


「そうだよ。その年は気をつけるんだ。危ない物がやってくるから。みんな気をつけるんだ」


「ノストラダムスの予言ね」

 

 はい?

 ノス、ナス、ノストラ?

 僕が呆然としているうちに扉は閉められてしまった。

 増田さんはにっこりと笑って手を振ると、扉の向こうへ行ってしまった。

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1988年で僕はガスバーナーを炎上させました 不自然とう汰 @motodaaa212

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