第48話 令和の夏休み
人間を焼却炉で燃やしたら、どうなるのかな-。
初めて出会ったときのことを思い出す。あの時も無表情だった。
目の前に無表情の増田さんが立っていた。
言葉に詰まる。見られた?僕が見ていた携帯の画面……。
見えないと思うけど……多分。
「ねえ……行きたいところ見つけたよ。ディズニーシー。あっちの世界にはないもん」
「……あ、そうだね……」
「でもなんでこんなに高いの、パスポート!
私が小学生のときはね、安い入場料だけ払って乗り物チケットは別とかもあったんだよ」
「へぇ……そうなんだ」
「どうしよう。高いなぁ」
「大丈夫、僕のお小遣いあるし……さぁ、もう寝よう。目が冴えちゃうよ」
できればディズニーシーで一日過ごしたい。その間にいろいろ考えたい。どうすれば二人を救えるのかを……。
今はもうなにも考えられない。
「でも……高くて悪いなぁ……令和どうなってるの?」
「まあ……そんな気にしないで。増田さんには助けてもらってるし。てか、昔はチケット安かったんだね」
僕がさらっと言うと増田さんが苦笑いする。
「昔って……」
「あ、ごめんごめん」
「いいよ別にぃ〜 本当に昔だもん。インディ・ジョーンズのアトラクションあるんだよね。大好きな映画なの。上原君に教えたいー」
嬉しそうに微笑む増田さん。
僕は何度も頷いた。そう言えば西里中のみんなはよく映画観ていて、みんなが学校で次の日話してたっけ。
みんなどうしてるかな。楓は?
元気かな……。
「洋服も買いたいんだけど……明日またあのデパートに行きたいな」
それは僕も賛成だ。まずはデパートに確認に行かないといけない。あのゲームセンター横の非常口に。
「そうだね。あの非常口見ておかないと」
今度はあそこが1989年の昭和に戻る扉になるのだろうか?
僕のいた里山中学校にあった焼却炉はどうなってるのかな…………。
****
「河井君、起きて」
体をぶんぶん揺さぶられて目を覚ますと、朝の9時をとっくに過ぎていた。相当疲れていたみたいだ。
「おはよう! 久しぶりねー、健太君!」
叔母の博子さんは、僕の肩をポンと叩いた。肩足を引きずっている。スラリとした博子さんの後ろから、小さな男の子がひょっこり顔を出す。
うわっ、可愛い。4歳くらいかな?
「はじめまして」
僕は腰を落として言った。
「はじめましてじゃないでしょ? 前に健太君と会ったことちゃんと覚えてるわよ、友也は」
あ……そうだった。
僕だけがはじめましてなんだった。増田さんに背中をパシっと叩かれる。
朝ご飯は、足を骨折中の博子さんに代わって増田さんがほとんど作ってくれたようだった。
「助かるわー、愛ちゃん料理も上手いし可愛いし。ここにずっといてほしいわー。友也も懐いちゃったしね」
「え……本当にそうしたいかも」
「あら、じゃあご両親の許可をもらわなくちゃ」
二人は微笑み合う。すっかり女子会のように仲良くなっている二人。食事中は友也君も入れてずっと楽しそうに喋っていた。
玄関を抜けると、前はスロープになっていた箇所が石畳になっているし、前よりも段差があった。そういえば家の中もバリアフリーではなくなっていたな。
広樹おじさんは朝早くに出勤していた。
「広樹おじさんによろしく伝えて」
「わかったわ、言っておくね。こっちも助かったわよ。愛ちゃんもまた来てね」
「はい。本当にありがとうございました」
「広樹おじさん、くれぐれも体に気をつけてって伝えて。博子さんもね、また転ばないよう気をつけてよ。すぐ手伝いにくるから」
僕たちは叔父さんの家を後にする。博子さんは僕たちの自転車が角を曲がるまでずっと手を振ってくれていた。
僕たちはそのまま、昨日のデパートに向かう。そこは今は中里地区だけど、増田さんと出会った1989年では確か西里地区だ。平成のときに町と市が合併している……と楓が言ってたっけ。
デパートの一番上のフロアに行き、ゲームセンター横の非常扉の前に立つ。
「どうしよう……ちょっと引っ張ってみる?」
「うん、私がやるわ。でもそのまま過去に帰っちゃったらディズニーシーに行けないね」
僕たちはふっと笑った。
「上原君にお土産買いたいの。インディ・ジョーンズの」
そんなに上原君はファンなんだ。
「いや、扉の中に入らなければ大丈夫なんじゃないかな。どうなるかだけ確認しておこう。危険かもだから、僕がやるよ」
僕は重たい扉を引っ張った。
「あれ?開かない」
増田さんもすぐに扉を引っ張る。
「………ほんと開かない」
僕達は黙って見つめ合った。
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