4-6
レオンの抱擁が解かれたのは、レオンの持つ通信機器から音が漏れてからだった。話の内容からして個人通信だったみたいで、会話内容が他全部隊に筒抜けになることはなさそうだ。
レオンは通信を切ったあと情報端末を胸ポケットにしまった。
「何人か助けに来てくれるみたいだ。それまで、ここにいよう」
「そう」
クレハはまじまじとレオンの顔を見られなかった。さっきまで抱き合ってしまった。いつ機械獣が襲いに来るかもわからない状況だったのに、レオンに抱きしめられたのが嬉しくてそのまま受け入れてしまったのだ。
クレハは、自分の不甲斐なさに顔を顰めた。結局、自分は何をしていたのだろう。有事だというのに逃げてばかり、守られてばかり。そんなんで、この先、どうやってやっていこうと言うのだろうか。
自分には、戦う勇気なんてなかった。最初から視覚すらなかったんだ。
不意にレオンが顔を覗き込む。心配させてしまったらしい。
「痛むのか?」
「あ、うん。痛むけど。……私、軍人を目指しているのに全然だなって。グレイブが襲いに来た時逃げることしかできなかった」
予想していた受け答えではなかったみたいで、レオンは表情をくもらせた。
「クレハ、まだ終わったわけじゃないんだ。気は抜かないでくれよ」
「ごめん」
「それに、自分が何もできなかったって嘆くのは先に死んだ奴らに失礼だ。俺は生き残っただけで充分立派だと思うよ」
「レオン……」
そうだ。生き残れなかった人もいるのだ。その人たちを蔑むようなことをしてはいけない。
ちゃんと生き残ろう。ちゃんと生き残って弔ってあげないと。
そう決心した時だった。
ガシャリと、金属製の足音が響いてクレハは肩を強張らせた。もしも、機械獣たちがお互いの位置情報や生体情報を共有しているのだとしたら。彼らは、仲間の生体反応が途絶えた場所に何を思うのだろう。そこに人間がいると思うに違いない。その場所に人間がいて仲間を撃ち殺したのだと。
レオンも頻繁に顔を左右に動かして警戒する。
足音がどんどん大きくなる。しだいに緊張が最高潮に達する。
突然、銃声が鳴りビルの壁が明滅とした。その場所は、通路と通路の合流地点。クレハたちがいるのとは別の通路から、機械獣は近づいていたのだ。
しかし、グレイブは何を撃ったというのだ。そこに当然ながらクレハもレオンもいない。
重たい金属が落下した音が聞こえた。そこでレオンは完全に警戒を解いたようで、少し表情がほころんだ。
「安心しろ。あいつらが来てくれたみたいだ」
「あいつら……」
「レフォルヒューマンだよ。言ったろ。助けに来てくれるって」
いや、聞いてないんだけど。少なくともレフォルヒューマンが来るとは聞いていない。クレハが微妙にしかめっ面になっているのにレオンは気が付く。
「あれ、さっき言ったよな?」
「助けに来てくれる人がいるのは聞いたけど、誰が来るとはきいてません!」
これは、帰ったら注意しないとだめだな。指揮系統に大きくかかわる。
そうこうしてるうちに一人のレフォルヒューマンが通路の合流地点から姿を現した。
「おー、いたいたいた。お前がレオンだな。まったく、目の前の戦闘を放棄して女の方に向かっちまうなんてろくでもないやつだな」
それを聞いてクレハは、顔を真っ赤にする。
「レオン。戦闘を放棄したってどういうこと⁉」
「そのままだよ。もう大丈夫そうだったから、任せたんだ」
「いや、勝手に任せちゃダメだよ。誰かと一緒だったんじゃないの?」
「レヴィンスと一緒だったぞ」「レヴィンスには言ってから来たの?」もちろん返答は、「言ってない」「だめじゃん!」「もう、報連相、ちゃんとしてよ。(仲間の)命かかってんだよ」
「命かかってたから抜けたんだよ」
クレハは虚を突かれてしまった。「へ?」
レオンは、頭の後ろに手を置いて、ばつが悪そうにもう一度言う。
「だから、お前の命かかってたから急いできたんだよ」
それを聞いてクレハは、はっとした。
それ以上は何も言えなくなって俯いた。
「まあ、まあ、彼女さんよ。そうあつくなんなって」
「彼女じゃないです」
「仲のいい夫婦の痴話げんかにしか見えないんだが?」
クレハは、くーと情けない音を口からだしながら唇をかんだ。
レフォルヒューマン(男)はヘルメットで全く表情が分からないはずなのに、なぜだろう、笑っているのが声音からはっきりと伝わってくる。
「まあいいや。お二人さんは航空科の人間で間違いないな?」
これにはレオンが受け答えする。
「ああ、間違いない。二人とも最終課程だ」
「そうか。ならすぐ基地に戻って欲しい。いま、迎えのヘリを要請している。どうやら、出撃人数が足りないらしくてな」
クレハとレオンは顔を見合わせた。お互い抱いた疑問は同じだったのだろう。
クレハやレオンが知っている情報では、現状、グレイブの殲滅が最優先事項になるはず。男の言い分からして、どうやら、航空科の人間を優先的に救助しているみたいだった。つまりは、ジェームに乗れる人間が必要になっているということだ。
いったいなぜ。
クレハは、嫌な予感がした。
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