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 暑いこともあってイライラしていたのかレヴィンスの悪態は減ることがなかったので、結局、はいはい、そうだね、じゃあね。と言って適当に切り上げてきた。貴重な非番の時間を友人の愚痴に使ってあげられるほど、自分も精神的に余裕があるわけではない。

 クレハの持っている役職であるインスペクターは、担当のレフォルヒューマンの戦闘がない日のほとんどが非番扱いだ。それでも報告書を書かなければいけないので完全なる非番は、ほとんどない。とくにここ最近は、機械獣の出没が立て続けに起こったから、ほとんど休みをとれなかったのだ。せっかくある貴重な時間をレヴィンスの愚痴に消費するのはもったいない。

 クレハが解体所から出てきた足で向かったのは、軍病院だ。もちろんクレハはどこも悪くない。見舞うもいないのだけど。

 軍病院は、病院としての規模が一般病院とくらべて桁違いに大きい。基地の外の街にある病院のほとんどが、地域密着型の建物の二階までしかない小規模、中規模病棟なのに対し、軍病院の階数は五。敷地面積も、飛行場を持っている軍基地のおよそ二割を占めている。その理由は、多くのレフォルヒューマンを収容できるようにするため。それは、単に入院できる数を多くするためという意味ではない。

 戦場に出るために生きるレフォルヒューマンは、自身の機器類を駄目にすることが多いが、同じくらい生体部を負傷させることも多い。皮膚の張替はいつものこと。とくに内臓を金属製にしていないレフォルヒューマンは、戦闘で内臓を駄目にすることが多いから、その都度、新しく生きた臓器を移植させる必要がある。それを可能にする大規模な培養施設が必要なのだ。そのために建てられた為か、軍病院は、軍基地なのに異様に目が付きやすい研究施設のような見た目をしている。

 見栄えなど全く考慮されていない。白色の巨大な直方体が連なった造りだ。

 クレハには、見慣れた白箱だ。躊躇のない足取りでエントランスをくぐって、最小限に設置された受付カウンターへ向かう。受付には若い女性が座り、クレハの足音を聞き、顔を上げた。

 面会票をもらうべく、インスペクターの証明証を見せる。

「こんにちは。面会お願いします」

 はい、と返事をして、女性はスキャナーで証明証のバーコードを読み取る。わきの情報デバイスの画面には、クレハのインスペクター情報と担当であるレオンの入院状況などが載っているはずだ。

 しかし、それを見て女性は首を傾げた。

 受付の若い女性には「今日、一日は起きないはずですけど」と問われたけど気にしない。

「ええ、でも会いに来ました」

 受付の女性は、訝しむ表情を見せる。面会票を渡そうという意思もなさそうだ。

 顔見知りの人だったらすぐに通してもらえただろうけど、あいにく目の前の女性は配属されたばかりの人らしく状況をうまく呑み込めていないようだ。そんな様子を見かねてなのか、カウンターの奥の方から声が聞こえてくる。

「その人、普通に通しちゃって。インスペクターだけど、身内だから」

「そうなんですか。ごめんなさい」

 女性は、慌てたように面会票を差し出す。クレハは、ありがとう、と言って受け取る。なおも、申し訳なさそうに表情を濁す女性になるべく柔らかい口調で言う。

「いいんですよ。普通、インスペクターは、話せない状態のときに来ませんからね」

「ええ、ですが」

 なおも、申し訳そうに表情を曇らすので、なんだかこっちも申し訳ない気分になってしまった。

「いいんです。通してくれてありがとう」

 クレハは、にこやかに言って受付を離れる。

 インスペクターは通常、レフォルヒューマンが会話できる状態になるまで会いに来ない。いまは、移植した臓器や皮膚が落ち着くまで麻酔で眠らせているのだから、クレハが逢いに来る方が不自然なのだ。

 ただ、レフォルヒューマンの身内の人が、まだ目を覚まさない段階での面会を希望することはある。その場合は、インスペクターの同伴が必要なので、インスペクター一人だけで面会票を貰いに来ることはまずない。そこは、クレハが完全にイレギュラーなのだから、対応にとまどっても仕方ないだろう。

 クレハは、階段を上ってレオンの病室のある二階へあがる。消毒液の匂いがしみついた廊下を歩いて、角の部屋に入る。

 南からの陽を窓からいっぱいに入れる病室。三つ並んだベッドの、窓側のベッドにレオンは眠っている。いまは、同室のレフォルヒューマンはいないようで、レオンのところだけ仕切り用のカーテンで隠されている。

 静かにカーテンを開けた。

 点滴の管を胸のあたりに繋がれ、ベッドに横たえるレオン。穏やかに眠っている。昨日、張り替えたという皮膚も継ぎはぎが見えないので、すっかり元通りになったように見える。

 触れたい。

 そう思ってうっかり出した手をひっこめた。レオンに触れたいという欲求を押し殺して、レオンの顔をみやる。

 二十二歳のまだあどけなさの残る穏やかな寝顔。

 クレハが本当に落ち着けるのは、この状態のレオンを見てからだ。

 いくら、医療が進歩したとしても、レフォルヒューマンの手術は、重たいことに変わりはない。執刀医の腕や、体調しだいで失敗することだってあり得るし、失敗したら、いくら機械人間であれ死んでしまう。

 戦場に行っても死んでしまうかもしれない。帰ってきてもその治療で死んでしまうかもしれない。身内がインスペクターをやるというのは、精神的に堪える。しかもそれが幼馴染で、思いが通じ合ったあとだから余計に——。

「帰ってきてくれてありがとう。レオン」

 話せない時間が多くても、一緒に居られる。クレハにとって、それだけで十分だった。



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