1-5
巨大な倉庫のような造りの建物。解体所では、回収されたトリムアイズの残骸が運び込まれ、使えるパーツを回収するための解体作業が進んでいた。
技術系部員の領域だけど今回は、レヴィンスの方から直接話がしたいとのことでクレハはいやいや趣いたのだ。呼び出した理由はおそらく、基地内の内線が通話記録を撮られるからだろう。だから、他人に、特に上層部の人間に訊かれたくない時は直接会うのが普通だ。
作業合間の休憩中なのか、レヴィンスはベンチに座って水筒の水を浴びるように飲んでいる。よくよく考えたらこの作業場は暑すぎるなと思った。
気遣い無用の足取りでクレハは、レヴィンスのところへ歩いていく。赤いくせ毛の男は、水筒から口を外すと、気前よく声をかけてきた。
「おう、クレハ。来てくれたか」
「来たわよ。何なの。話って」
レヴィンスはバインダーをとって、挟まれた用紙に目を通す。
「今回、回収できた残骸でレオンのスーツはどうにか修繕できそうだ。しばらく、メンテナンス期間に入るから充分整備ができると思う」
そんな簡単なことで呼び出したのか、と思ってしまった。これなら携帯端末で充分なはず、と思いながらも、会話は続ける。
「そう。よかった。これで少しはレオンの文句も減る」
「んで、回収したトリムアイズなんだけどよ、かなりの豹変ぷりだったぜ」
「やっぱり、向こうも改良をしているってことよね」
「そうだとしか思えないな。レフォルヒューマンが簡単に手が届く、下腹部とか下の方ばかり攻撃されて、活動停止に追いやられていたしな。それにおそらく、こっちが機体を回収しても、戦闘データは向こうに持って帰られている。生産工程をちょっとだけいじれば、このくらいのギミックなら簡単にできるからな。機械が勝手に自立歩行して、武器を扱って都市を襲いに来ることができるんだから、それを作る機械が設計図をいじくって変更を加えることは可能だろう。あくまで憶測でしかないけど」
「そう。つまり、構造的に向こうの取れる戦術のレパートリーが増えてくる、てことなのね?」
「ああ。だけど、それだけじゃない。戦闘データを見たが、こいつはレオンに足の管を破壊されてから一歩も動いていない。機血の配管を切り替えて脚へ流れるエネルギーを全部カットしたんだ。それでレーザー砲にエネルギーを集中させてた。すぐに崩される足よりも、はやく攻撃をする方を選んだ。そっちの方が、生存が見込めたからな。そういう頭の良い個体もこれからは増えてくると思う」
そこで、クレハは首を傾げた。さっきまでの話では、現状人間がとる防衛策に対応した機構の個体が出てくるという話をしていて、頭がよくなるから、討伐が難しくなるという話はしていない。
「頭の良いって、どういうこと。頭脳は、そのままじゃないってこと」
「そういうこと。頭殻が明らかにデカくなってやがるんだ」
「どのくらい」
「去年、見た通常個体の倍にはなってる」
クレハ、絶句した。まさか、そこまで大きくなっているとは思わなかった。
レヴィンスの言う頭殻とは、中枢機器類が収まる殻のことである。ダイヤモンドのドリルですら穴をあけることができないほど強固な装甲だ。その頭殻の大きさが以前の倍になっているということは、単純に考えて中の機器類の大きさも倍になっているということだ。つまり、それだけ思考的な部分や運動系の情報処理の精度が上がっているということになる。今までは簡単な攻撃で倒れていた機械獣も、これからは頭が良くて最後まで争う個体が増えてくるかもしれない。
いや、現状そうなっている。知らぬ間に頭の良くなっていった機械獣の戦闘に、今までと同じようにレオンを送っていた。どれだけ、負担をかけてしまっていたか。クレハは、レオンに対して申し訳ない気持ちになった。
「それで、上には報告したの?」
「ああ、したさ。でも、反応的にかなり消極的名な対処になりそうだ。他都市への共有もするかどうかってとこだよ」
「どういうこと? 連邦議会に持ち込んで早く他の都市と共有すべきことじゃない」
「そうだろうけど、なんとなくわかるだろ?」
……ああ、とレヴィンスが言わんとしていることに気づいてしまった。
現在、各都市の防衛予算を決めているのは連邦だ。各都市の生産力と、各都市間の貿易状況から合算して費用が決定している。追加で、ここパウロは連邦の中では最前線都市であり、各都市から数割、予算を補填してもらっているという状況だ。だが、イレギュラー個体が出たとなれば各都市が防衛予算を増やさなければいけなくなるので、こちら側にまわせる予算が減ってしまう。
砂嵐とかでレーダーに引っかからず、機械獣の侵入を前線から離れた内部都市付近まで許してしまうといったことは、ざらにある話だ。ということは、イレギュラー個体が増え、さらにその頭脳も強化されているという現状を知った連邦の防衛省は、他都市への防衛費も強化せざるをえない。
つまり他の都市に予算が流れるということ。そうなることをなるべく避けたいと総統も思うに違いない。
「確かにそうかもね」
「確証のある話じゃないんだから、他所で絶対にこの話するなよ」
「わかってる。共有ありがとう」
おう、とだけ返事をして、レヴィンスはもう一度水筒の水をがぶ飲みする。作業場が熱いせいなのか、さっき浴びるように水を飲んでいたというのに、それでは全く足りないと言わんばかりに水を飲む。クレハも、立って話をするだけで汗をかいてきてしまうくらいなのだから、解体作業に駆り立てられる人は気の毒だと思う。
大型機械獣が回収されたとき、技術系の人間はその解体作業に総動員される。レオンの専属整備士であるレヴィンスも同様だ。レオンがいま軍病院で治療を受けているので、レヴィンスはレオンの身体の整備をできない。
そういえば、と思ってクレハは、レヴィンスに訊く。
「それで、レオンは、どのくらいで退院できそうなの?」
水筒の飲み口から口を離してレヴィンスは答える。
「ざっと、あと三日程度だろう。皮膚の張り替えが二日前に終わって、人工細胞の消化器官の移植も昨日終わった。今日、移植した臓器と皮膚を安定させるから、明日ようやく壊れた機械部の修理に入る。だから明々後日ぐらいにはなりそう」
レヴィンスはバインダーに挟んだ資料をパラパラとめくる。ある一部の資料のところでめくる手を止めて凝視した。
「つーかさ。なんで急に金属製の消化管やめようって思ったの? 摂取する食べ物栄養剤だけで済んでたのにさ……」
「理由はそれよ。栄養剤だと咀嚼しないでしょ。そのせいでレオンの脳に萎縮が見られたのよ。一部を機械に置き換えているとはいえ、いざ戦場に行って頼りになるのは自己の判断力。だから、これからはなるべく人工細胞を使おうってそういう方針になったの」
レヴィンスは疑り深く、その資料を見ている。まるで見えてこない意図を探るように……。そんなものないのだけれど。
「そっか、少し人に近い生活に戻れるんだったらよかったじゃねえか」
「ええ、そうね」
クレハは、レヴィンスの話を聞いて不安になっていた。これから機械獣のイレギュラー化が進んでいくのなら、レオンたちレフォルヒューマンの負担がどんどん大きくなっていく。もし、機械獣たちが人類の対抗手段を見破り学習を続けていくのなら、いずれ、レフォルヒューマンを投入しても討伐不可となる可能性が高い。既存の兵器では対抗できなくなる。
そもそも、その改良を行っているのは、本当に人工知能なのだろうか。レヴィンスの話を聞いた限りだと、改変の度合いが大きすぎる気がする。
「ねえ。レヴィンスはさ。あの都市に人がまだいると思う?」
「機械獣が最近になってあまりに変化しすぎているからそんなこと訊くのか?」
クレハは頷いた。
「考えすぎじゃね。それっているとしたら大陸間戦争時の敵国の人間だろ? 真っ先に潰すべき拠点を潰さずにその設備だけ奪い取ったってことになるが、そんな記録どこにも残っていない。考えるだけ無駄だ」
しかし、機械獣の生産拠点はアルテミアだったことは周知の事実だ。今現在、その軍事都市が残っているのか定かではないが、レトリア連邦の現状を考えると、廃都市となっている可能性の方が高い。人のいない幽霊都市が人類に対して、兵器を送り続けているとしたら——。考えるだけで不気味な話である。
「開発部では何か新兵器開発の予定とかないの?」
クレハの質問に対してレヴィンスはきっぱり答えを言う。
「ない。いま使っている兵器だって。旧地上歴時代の技術を掘り出して使ったり、機械獣から転用したりしたものがほとんどだ。そんな開発力しかないし、そもそも開発部の人間がそこまでの頭脳を持っているとは思えねえよ」
「随分と辛らつに言うのね」
「まあな。機血を無毒化してキニスゲイアを生み出したことはすげえとは思うし、いろんなとこに転用して、フォトンブレードとか、ジェーム(対機械獣用戦闘機)のスラスターを開発したのは、マジで尊敬している。だけど、それは、今いるやつらというよりも、すでにいなくなっちまった人たちの功績だからな。いまの連中には、正直期待できない」
まったくどうしたものか、と言いたげにレヴィンスは両手を振り仰いだ。クレハも同じ気持ちだったが、あえて共感を見せない。その研究部の人間も、作業の音で聞こえないとはいえ、同じ建物の同じ空間にいるのだ。よくそんな堂々と悪態つけるよね、と思った。これ以上、話を続けると余計なことを言いそうなので、クレハは、話を閉めようと口を開いた。
「つまり、成長する機械獣に対して、私たちは何もできないわけね」
「そのとおりだ。そもそも、レフォルヒュ―マンが最終手段の位置づけだったのに、いまや、いきなり出動をかけられているのだから、破綻もいいところだよ」
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