第一章 砂漠の巨獣
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澄んだ空の青色と、すべてが枯れた金色の狭間にいた。金粉のような砂がつむじ風に巻かれて消えていく。オゾン層がなくなった空からは、殺人光線が常に降りかかっているため、まわりに生命はおろか、サボテンすら生えていない。完全なる死の世界だ。
その砂漠の上をレオンは歩いていた。レオンが平気でいられるのは、紫外線を遮断する特殊装甲のパワースーツを着ているからだ。内部にはクーラー装置が搭載されているため、いくら外気が灼熱でも、内部は快適そのもの。
レオンには普通の人間と決定的に違うものがあった。
レオンは人間ではない。体の半分を占める機械に生かされている兵器だ。過去の防衛作戦によって瀕死の重傷を負ったレオンは、生命維持装置なしでは生きていけない。さらに四肢全てを機械化し、胴体の半分以上を機械化している。そして、脳の一部も機械に置き換えられている。
こういった軍事的改造を施した人間を開発者は、こう呼称した。レフォルヒューマンと。
軍事用改造人間。兵器として生かされている以上、人間として扱われることはない。仮に人権のようなものがもらえるのだとしたら、それは人類にとっての脅威が去ったときだろう。
だから戦うしかないのだ。人類の脅威を排除するまで。
レオンの目は、砂の中で何かがうごめいているのをとらえていた。もちろん生物ではない。巨大な殺戮兵器。機械獣。
砂の山脈を築きながら近づく機械獣。目の前まで来ると、砂を巻き上げ一気に砂中から姿を現した。
高さ一五メートル。人の約八倍の高さ。重機を思わせるモーターの駆動音。丸みを帯びた重厚な装甲。太い腕には、レーザー砲が嵌められ、脚は巨体を支えるためか、戦車一台を潰せそうなほど太く、体の大きさの割に短い。両足の間から覗かせる尻尾は、太い脚とは正反対に細長く、上面を埋め尽くすようにレーダー感知用のひれが縦列する。まるで、小さいころに見た怪獣映画に出てくるロボット怪獣のような見た目だ。
そして顔に備わった赤く巨大な単眼が両肩のタレット銃ともに自分を見下ろしている。顔の赤い目は機械獣にとっての目である主眼カメラ。カメラがとらえた映像を人工知能が解析し、地形や、物体を識別する。目から視覚情報を得て、脳で認識する人間とまったく同じ仕組みだ。
そして、主力武器となるレーザー砲。その見た目は主眼カメラと見分けがつかない真っ赤なレンズ。合わせて三つ。トリムアイズの名前の由来だ。
「目標。トリムアイズ、捕捉。戦闘を開始する」
通信機の先の女が凛とした声を返してくる。
『了解したわ。レオン、たぶん大丈夫だろうけど、一応気を付けて』
インスペクターであるクレハとのお決まりとなった短いやり取りを終えて、レオンは腰から剣を引き抜いた。片刃の剣。その剣には一つ特徴がある。刃がないのだ。本来、獲物を斬るためにあるはずのものが、真っ黒な剣身を残して消失している。
刃は柄にあるスイッチを押すと現れる。
レオンは刃のない刀を上段に構え、静止した。柄についたスイッチを押しこむと、途端に紫色に光る刃が出現する。熱素による刃、フォトンブレードの剣尖をトリムアイズの頭に向ける。
トリムアイズがモーターの駆動音を鳴らすと同時にレオンは動いた。
レオンが足を踏み込んだ途端、ブワッと砂が舞う。一気に接近すると、トリムアイズが巨大な脚を上げる。踏みつぶそうと頭上を覆う足をくぐり、レオンはトリムアイズの真下に潜った。
図体の大きいトリムアイズは動きが遅い。最大の攻撃であるレーザー砲も、トリムアイズの身体の真下に潜ってしまえば、なにも怖くない。
レオンはトリムアイズの右脚にフォトンブレードを突き刺す。突き刺したのは、人間でいう足首の位置。そのまま横に振り払うと、もう一度突き刺した。今度は少し角度をつけた状態。装甲を削ぐように刃を動かす。
装甲が剥がれ落ち、隠されていた機械部があらわになった。
トリムアイズが鬱陶しそうに足を動かす。レオンから攻撃されるのを避けるようにトリムアイズが脚を運ぶが、そのたびにレオンも体の位置を真下に移動させる。移動するたびにレオンはトリムアイズの脚を攻撃する。
ついに基幹部が切り払われ、中からシアン色の液体が鮮血のように噴きだした。金属のパーツがはじけ飛び、足首が内側に折れ曲がる。破損した足首からシアン色の機血がだらだらと流れ出た。
機血というのはエネルギーを生み出すための液体だ。通っている管を破壊してしまえば、機械獣は無力化されたようなもの。時間がたてば勝手に活動が止まるだろう。
それまで体の真下にいるのもいいが、それでは面白みがない。
レオンはトリムアイズの下から正面に出ると身体を反転させた。トリムアイズの両肩のタレット銃がレーダーでレオンを感知し銃弾をはきだす。
主眼カメラの映像に、弾道可視線が加線される。その線上を飛来してくる弾丸をレオンは、すべてフォトンブレードによって叩き切った。
トリムアイズは最後のあがきかレーザー砲の砲口を赤く染めた。照射したものすべてを焼き払う光線だ。自然とレオンも身構える。しかし、砲口は光線を放つことはなかった。トリムアイズの活動がエネルギーチャージの途中で止まったのだ。
クレハも活動停止を確認したのか通信を送ってくる。
『熱源反応の消滅を確認。目標は活動停止したと思われる。……おつかれ、レオン。帰投して』
レオンは一度フォトンブレードの光刃を消し、剣帯につるした。
だがレオンは、違和感を覚えた。トリムアイズは確かに止まっている。だが、最後の悪あがきをする意味がどこにあったというのか。
人工知能を積載している機械獣は、基本的に無駄なあがきをしない。レーザーを放てるチャンスがあったのならまだしも、エネルギーが足りない状態ならなおさらだ。
「いや、まだだ。クレハ。様子が変だ」
『変って……』
急速なモーターの回転音。止まったはずのトリムアイズが再起動する。そして一瞬のきらめきが砂上をかけた。
レオンはとっさに回避する。頭から砂表に飛び込み、光線の軌道から外れた。起き上がって、光線のとおった跡を振り返れば、そこには溶けたガラス状の道が出来上がっていた。
トリムアイズはさらに光線を放ってくる。その攻撃をレオンは飛び退ってかわし、次撃にそなえた。追従するようにタレットの弾丸が飛来する。レオンはすぐさま剣帯からフォトンブレードをつかみ取り、刃を出現させ、弾丸が自分の体を貫くその寸前で振り払う。だが、攻撃はやまない。
休むことなく弾丸はレオンに襲来する。直近の弾を防いでから次の弾をよける時間はない。レオンは剣をふる腕を止めるわけにはいかなかった。動けない状況に舌打ちをする。
「クレハ。目標の単独討伐は不可能とみる。応援を頼む」
『それはできないわ。前作戦でレオン以外の全レフォルヒューマンが負傷している。まだ誰も、整備が完了していないの。いま動けるレフォルヒューマンはあなただけよ』
「なら、どうしろと。オレにもう一度死ねというのか」
『それは……』
クレハが言葉を詰まらせる。昔からの馴染みである彼女に今の問いは少々酷だったか……。
襲い掛かる弾幕をさばくなか、時間は過ぎていく。次のレーザー砲のチャージがそろそろ始まるだろう。
四の五の言っている余裕はない。こちらも奥の手を使うしか、現状を打破する方法はないのだから。
「キニスゲイア。発動させろ。反重力モードで奴のコアを直接たたく」
『ごめん、レオン。がまんしてね』
キニスゲイアの発動による反重力モードの使用。だが、それには厄介なことがついてくる。
超熱源素粒子であるキニスゲイアは、使用時間の制限があるのだ。一分以内。それ以上は粒子の衝突エネルギーにスーツが保たなくなり大破してしまう。それはつまり、太陽の強力な紫外線を浴びるということである。
機械の身体であるレオンであっても生き残っている皮膚からは痛みを感じるし、生き残った細胞が遺伝子レベルで破壊されるというのは悍ましい。だが、このままレーザーによって体が散り散りにされるよりかはましだ。さいあく、駄目になった皮膚はまた張り替えればいい。
クレハの合図とともに、キニスゲイアは発動した。レオンの胸にある球状のユニット、パーティクルユニットから粒子が放出され、管脈を通ってパワースーツの隅々まで行き渡る。とたんに浮いたように体から重さが消えた。
トリムアイズの目が再び発光。今度は両腕同時だ。
発射と同時、レオンは弾丸をはじくのをやめ、寸時に弾道から外れる。
レーザーが地表に当たると橙色のラインをひいた。二つの光線は逃げたレオンを挟むように近づいてくる。光線のあたった跡がすべて融解したガラス状に変化する。
レオンはただ砂の上を駆ける。光線にあたらないよう、ときに進路を変え、ときに頭をかがめ、レオンは、二本の光線を掻い潜ってトリムアイズに接近した。
そのまま背面に回り込むと、レオンは飛び上がる。
トリムアイズの背中に足をつけ、一気に背中を駆け上がる。
両肩の自動小銃が作動し、こちらを凝視した。一秒あたり十発以上もの銃弾が、レオンに飛来する。
弾道可視線の赤い光で視界のほとんどが塗りつぶされる。だが、それだけの弾丸が飛来しようと関係ない。レオンは、二倍以上に加速した動きで弾丸を払いのける。
左肩のタレットを切り飛ばし、駆け上がった勢いをそのままに、レオンは跳躍する。直前に数発くらったが気にしない。
宙空を舞い、右肩のタレットが鎌首を上げるのと同時、レオンは身体の上下を入れ替える。
項より少し下のところ。剥き出しになった心臓のように脈打つシアン色に輝くコアにターゲットを絞る。それと同時に残り時間の警告が耳に届いた。
身体の落下と同時に飛来する弾丸。光刀で切るたび、火花が視界で散り消える。
5、4、3、2、1、……。
フォトンブレードをコアに差し込んだのとパワースーツが弾けとんだのは、ほぼ同時だった。
シアン色の機血を浴びながらレオンは落下する。装甲がはじけ飛び、パワースーツのほとんどは布地を残して消し飛んだ。唯一残ったのは頭部のみ。
装甲が消えたその瞬間から、皮膚が強い紫外線によって焼かれていく。
柔らかい砂の上に落ちて苦痛に苛まれながら見えたのは、力なく屑折れた巨体だった。
強すぎる陽光に照らされた鈍色の巨体。
シアン色の血を首から垂らし項垂れるそれは、人類の脅威であり、共和国が残した負の遺産だ。
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