遠声(えんせい)

岩幸

第1話

長いアーチが続く陸橋のてっぺんからは広いグラウンドが一望できた。

グラウンドでは、3つのクラブが分かち合って練習していた。サッカー部にラグビー部。

「さあ〜いこうぜー!」

陸橋の橋脚にこだまする位の、ひと際大きなかけ声で練習しているのがソフトボール部だった。


僕はこの高校に入学が決まった時から、クラブは『ソフトボール部』に入ると決めていた。本当は野球部に入りたかったが、毎年甲子園行きを争うほどの強豪校な上に、今年の春のセンバツでは全国制覇までしてしまった。

中学で何もしてなかった僕がおいそれと入部出来るレベルではない。

今年はセンバツで優勝したので、いつも以上に甲子園のヒーローを目指す新入部員が殺到するに違いない。

やるからにはレギュラーになって試合で活躍したい。甲子園のヒーローを早々にあきらめた僕は、小さい時から馴染みのあったソフトボール部を選んだ。


1980年4月、高知市内の公立中学校を卒業した僕は、希望通り高知市立の土佐商業高校に入学した。

市内でも有数のスポーツ強豪校の土佐商業は、同じ県立の枝川商業高校が『県商』と呼ばれるのと反対に『市商』と愛着を込めて呼ばれていた。

市商では毎年、入学式後のオリエンテーションが終わると、2年生がおのおののクラブのプラカードを持って、新入生への勧誘が賑やかに行われる。

各クラブのユニフォームに身を包んだ2年生が、入学式の行われた体育館から正面玄関に続く渡り廊下に所狭しと陣取り、オリエンテーションを終えた新1年生に次々と声をかけた。

「ちょっとちょっと君、君、クラブ決まってる?我がバレーボール部にどう?」

「おっ!背の高い君、バスケしかないろー?」

「みなさーん、水泳しませんかあー!」競泳用の水着を履いて、上半身裸の2年生はまだまだ肌寒い季節に、しっかり鳥肌が立っていた。

身長が180センチ近い僕にはしぜんと複数のクラブが声をかけてきた。

バレーボール部、バスケットボール部、陸上部、ラグビー部、水泳部。

僕は断るのに必死だった。

頭の中はソフトボール部で固まっていたので、「もう、決めてますから。」が断り文句だった。実のところ、バレーボール部にも興味があった。実際、中学の時の僕のバレーボールのプレーを見て、ある高校がスカウトに来ていた事もあったから。詳しくは後述するが…。


新入部員の勧誘に唯一顔を出さないクラブがあった。名門野球部だ。

高校にもなると、高知県内だけでなく他の県からも入学者は集まって来る。

プロ野球選手を多数輩出している我が校には、遠く関西の方からも野球エリート達が志願してくる。また、県内外の中学の有名選手のスカウトにも余念がないから、勧誘などしなくても野球部には、他のクラブが羨むほどの新入部員が入って来た。


挑戦よりも妥協を選んだ僕は、ソフトボール部入部で気持ちは固まっていたが、入部までには少し時間がかかった。中学の時に部活をしていなかった僕には、道具やユニフォームが無かったためだ。

母子家庭の僕にとって、グローブやバット、ユニフォームを買うのはなかなか大変だった。

母は僕にこう言った。

「コウジ、入部するがをもうちょっと待って。5月に手当が入るき、まとめて買うちゃおき。」

医者の先生宅で家政婦をしていた母には、定期的に手当というものが入っていた。僕は母の言う通り入部を待つことにした。

この1ヶ月のタイムラグがほんの少しハンデとなり、クラブ内での僕の立ち位置に影響したのは間違いない事実だった。



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