かたつむりの中身

Tempp @ぷかぷか

第1話 僕たちの出会い

 イラついていることは自覚しているんだ。

 原因はわかってる。最近喜一きいちが冷たいから。LIMEを送って数時間放置されることはザラだし、話しかけても無視、と言うよりスルーされることが増えていた。

 ていうか。告ってきたのは喜一だし、それだってつい3ヶ月前なのに。

 私と付き合ったのは何かの罰ゲーム?

 そう思ったりもしたけれど、それにしても喜一は私と出かけた時は楽しそうに、していた、と、思うし。

 可能性は3ヶ月経ったこと。それが本当に原因なら益々馬鹿馬鹿しい話。3ヶ月経ったらなくなる愛ってなんなの?


 私たちの恋愛は四月の終わりに始まった。

 大学3年が始まって少しのころで、彼氏と別れたばかりの私は清々しながらちょっとばかり手持ち無沙汰で、久しぶりの一人を満喫していた。

浅見あさみさん、好きです。よかったら俺と付き合ってください。3ヶ月だけ」

「は?」

 突然大学で呼び止められて突然告られた。

 喜一は1年前期の時に語学のクラスが同じだった。一緒のグループで発表する機会があって、何度か学食とか喫茶店で話をした。四角く青いフレームの眼鏡の草食系男子。イヤホンと思ったのが補聴器と聞いたのが少し驚いたけど、柔和という以外の印象はなかった。私は前期中に彼氏ができて、後期は別のクラスになったから、それ以降話をした記憶もない。


「えっと、色川いろかわ君、だっけ」

「そう。色川喜一」

「3ヶ月って何」

「8月末に長期留学が決まってるんだ。だからそれまで。正直断られると思ってる」

「それなのに告るの?」

「ああ。後悔したくないから。ダメ元で」

 ダメ元で告る。なんだか失礼な奴。

 喜一の一方的な愛の通告には、浪漫もときめきもない。それもそのはず、普通、告白なんてものはサークルとかデートとかである程度親しくいい感じになってからするものでしょ。まぁ、全く知らない仲じゃないけど少なくとも1年半のブランクはあるわけで。

 そんな困惑を感じ取ったのか、喜一はため息を付くように微笑んだ。

「ごめん、変なこと言って。忘れて」

 思わず立ち去ろうとする手首を掴んで引き留めると、喜一は少し驚き振り返る。

「その、揶揄からかってるわけじゃないんだよね?」


 一年半のブランク。

 留学が本当なら、よく考えれば隙間を埋めれていれば、残り時間はさらに短くなる。3ヶ月。どうせ短い期間なら、そんなくらいの愛情度数でちょうどいいのかもしれない。記憶ではそんなに嫌な印象はないし。

「いいよ。3ヶ月だけなら」

「本当? ありがとう」

 その時、喜一は本当に嬉しそうに微笑んだ。

 それは恋に落ちるのに時間は関係ない。そう思える3ヶ月。


 喜一はため息のように笑う奴で、静かだけど思ったより、随分前向きな奴だった。デートで予定した店が臨時休業だった時も気にせず別の店に行こうと言い、評判の店や映画がイマイチならさっさと見切りをつけて別の所で遊んだ。そのさっぱりとした切り替えの仕方がなんだか爽やかで、いつしか喜一と一緒なら人生楽しそうだなと思うようになっていた。つまりそういう事。

 何度目かのデート。最近評判のイタリアンでワインを傾ける。少しだけ酔っ払っていた。

「ねぇ、何で私なの?」

「何で? ……楽しそうな所が好きなんだ」

「楽しそう?」

「今も美味しそうに食べてる。どんな味か教えて?」

 目の前の皿に目を落とす。砕いたアーモンドの粉をつけて揚げた鰯のフライ。サクサクとした食感とローストされたアーモンドの香ばしさが絶妙に鰯の大人びた風情にぴったりで、それにトマトとバジルのケッカーソースが絶妙な彩りと香りを添えている。

「本当に美味しいからだよ」

「俺は楽しそうな人が好きなんだ」

「それを言うなら喜一もでしょう?」

「そうかな……そう見えるなら、きっと由花ゆいかが楽しそうだからだよ。楽しいのが伝染ったんだろ」


 そういえば喜一自身はニコニコはしているけれど、凄く楽しそうかといえばそうでもないかもしれない。けれどもそれより話があった。

「もうすぐ3ヶ月だけど、延長しない?」

「延長? ああ。それは駄目だ」

 その言葉に、思わず困惑した。それはこれまでの話の流れと同じようにフラットな音階で、当然のように吐き出されたからだ。それに戸惑って、何故だろうと思って、疑問を重ねた。

「留学をやめろってわけじゃなくてさ。帰って来てからまた会おうって話。ていうかそろそろどこに留学するかくらい教えてくれればいいじゃない」

「……留学は長引くかもしれないから」

「お互い好きな人ができたとかさ、それなら仕方ないけどそうじゃない間は付き合ってようよ」

「……帰ってきたら一度連絡するよ」

「そういう意味じゃなくて。……どうしてそんなすっぱり終わりにできるの」

 そう言うと喜一はため息のように笑う。そんな風に笑うときに感じる妙な断絶。この笑い方は喜一の好きで、嫌いな所。今は嫌いに転がって、それが妙に許せなかった。それは店がいまいちだったらすぐに切り替えて他の店にいく。喜一のそんな態度になんだか繋がっているようで。


「本当にごめん。でも3か月が限界なんだ。怒らないで」

「そりゃ最初からその約束だけどさ。3か月たったから好きじゃなくなったわけ?」

「違う。一緒にいてますます好きになった。けど、どうしようもない」

「その好きをさ、しばらく持ち越すつもりもないの?」

「……持ち越したい。でも区切らないと生産的じゃない」

「私は生産的かどうかで付き合ってるわけじゃない!」

 思わず少し大きくなった声に周りを見渡し、それで再び喜一をみたけれど、変わらず喜一は笑っていた。喜一は戻ってきたら連絡するの一点張りで、結局3ヶ月より先のことは全然教えてくれなかった。

 お盆明け、つまり留学直前に最後の記念にお別れデートを遊園地でする。嫌いじゃないのに別れる、そのための精算的なデート。

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