ずんだと梅太郎
雪待ハル
ずんだと梅太郎
むかしむかしあるところに、ずんだという名のかっぱがおりました。
ずんだは悪戯好きのかっぱで、村の畑から野菜を何度も盗んでいました。
ずんだの悪戯に、村人はほとほと困っておりました。
そんなある日、村の少年がずんだが住んでいる池まで会いに行きました。
「かっぱ!俺の名は梅太郎。相撲勝負をしよう。」
その声を聞いたずんだは、池からぶくぶくと顔を出して言いました。
「いいよ。でも、僕が勝ったら村の野菜を全部もらう。」
「いいだろう。だが、俺が勝ったら、もう二度と村の野菜は盗まないと誓え。」
「分かった。約束だ。」
言いながら、ずんだは心の中でほくそ笑んでいました。ずんだは相撲が強く、勝つ自信があったのです。
しかし、ずんだの自信は呆気なく崩れました。実際に組み合ってみたら、なんと、凄まじい力でずんだの体が一瞬で吹っ飛ばされたのです。
土俵の外に転がったずんだは、何が起こったのか分からないようでした。目をただぱちくりさせています。
土俵の中で仁王立ちした梅太郎は、にやりと笑って言いました。
「俺は村一番の力持ちなんだ。約束は守れよ。」
ようやく事態を悟ったずんだは大いに悔しがりました。
「くそう!村の野菜はとてもおいしいのに、もう食べられないなんて!」
梅太郎は呆れた顔をして言いました。
「あのな。勝手に野菜を盗んだら、村の皆が困るだろう。それが分からないのか?」
「分かるよ。でも、そうしないと僕は野菜を食べられない!」
「お前だって、雨を誰かに盗まれたら、その頭の皿が乾いて困るだろう?」
ずんだは目に見えてうろたえました。かっぱにとって、頭の皿は自分の命そのもの。この皿が乾いたり割れたりすると、死んでしまうのです。
「うっ・・・そ、それは困るよ。」
「だったら、」
梅太郎は倒れているずんだの元へ近寄り、手を差し伸べました。
「盗むんじゃなくて、頼んで分けてもらえばいい。俺が一緒に頼んでやるから。」
「お前・・。」
ずんだは驚いた様に梅太郎を見上げました。
今まで生きてきた中で、そんな親切な事を言われた事がなかったのです。
「お前じゃなくて、梅太郎な。」
「・・梅太郎。ありがとう。」
ちょっと笑って、ずんだは彼の手を取ったのでした。
それから一人と一匹は村人達に会いに行き、今まで野菜を勝手に盗んだ事を謝りました。
梅太郎が一緒だった事もあってか、村人達はずんだを許してくれました。
ずんだはぺこりとお辞儀をして言いました。
「許してくれて、ありがとう。お詫びにこれからは、この村が必要な時に雨を降らせよう。」
ずんだはある歌を歌う事によって、雨雲を呼び寄せる力を持っていました。
これに村人達は大いに喜びました。日照りが続くと畑の野菜が枯れてしまうのです。
こうしてずんだは雨を降らせて村人を助け、村人はずんだに野菜を与え、お互いが困る事がなくなりました。
ずんだは梅太郎と友達になり、よく相撲をして遊ぶようになりました。
時にずんだは梅太郎の家の畑仕事を手伝い、野菜を育てる為の方法を学びました。
時には一緒に川に入り、梅太郎に泳ぎ方を教えてあげました。
交流を重ねてゆく中で、一人と一匹はお互いを知り、仲良くなっていったのです。
しかし、ある時、村に住む一人の若者が野菜を食べていたずんだの頭の皿を棒で殴って割ったのです。
皿を割られたずんだはたちまち力を失い、倒れてしまいました。
「なん、で・・。」
弱々しい問いかけに、若者は怒りを露わにして言いました。
「お前は化け物だ。いつまた俺達人間に悪さをするか分からないだろう!!」
そこへ、梅太郎が駆け付けました。
「ずんだ!!―――何て事を!!」
自分よりも頭一つ分大きな若者をキッとにらみつけます。
「お前も化け物の味方か!!」
自分に向かってきた拳をひょいと避けた梅太郎は、強い力で若者を蹴り飛ばしました。
大きな体の若者は軽々と吹っ飛び、目を回して倒れてしまいました。
「ずんだ!!」
友人の元へ駆け寄った梅太郎は、頭の皿が割れてしまっているのを見て真っ青になりました。
どうしよう、これではずんだが死んでしまう!
「誰か!!頼む、ずんだを助けてくれ。俺の友達なんだ!!」
泣きながら必死にそう叫ぶと、頭上から低い声が響いてきました。
「よかろう。お前とその妖怪の子の事は、始めからずっと見ていた。お前の友を思う気持ちは本物だ。その心に免じて、一度だけ助けてやろう。」
それは不思議な事に、太陽から聞こえてくるようでした。
「おい、雲よ。雨を降らせてやれ。」
「承知した。恵みの雨を降らせよう。」
最初に響いてきた声に比べると少し高めの声が、そう返事をするのが聞こえたと思った次の瞬間。
もくもくと暗い雲がたくさん集まってきて、突然激しい雨が降り出したのです。
呆然と空を見上げていた梅太郎ですが、はっとずんだを見ました。
割られた頭の皿が、恵みの雨によってうるおい、元の完璧な丸い皿に治っていたのです。
「うーん・・ぼ、僕は・・。」
うっすらと目を開いたずんだを見た梅太郎はみるみる内に笑顔になり、大切な友人をぎゅっと抱きしめました。
「ずんだ!!良かった。本当に良かった・・・!!」
それからも、ずんだを認めないという人間は現れました。
人でない生き物であるずんだと共に暮らすのは無理だと言うのです。
村人達の中には、ずんだと共に暮らしていけると言ってくれる人もいました。
しかし、考えたずんだは村から離れる事を選びます。
梅太郎達は引き止めましたが、ずんだの決意は固く、意思を翻す事はしませんでした。
「君達は僕にあたたかいものをくれた恩人だ。その君達が生きる場所を、ぎすぎすした空間にする訳にはいかない。」
そう言って村を立ち去ろうとするずんだに、梅太郎は泣きそうな顔で尋ねました。
「ずんだ、俺達はもう会えないのか?」
ずんだは言いました。
「大丈夫。君が本当に助けを必要とした時、僕の名前を呼んでくれ。そうしたら、いつでも僕は君の元に駆け付けるよ。」
「約束か?」
「ああ、約束だ。」
一人と一匹は互いの手を固く握り合い、お別れをしました。
それからの村はとても平和で、天候にも恵まれ、野菜もよく育ち、村人達は心穏やかに暮らす事ができました。
そんな中、今日も梅太郎は太陽の下、元気に畑仕事をしています。
いつかまた、あの心優しい友人と笑い合える日がきっと来る。
そう、強く信じて。
おわり
ずんだと梅太郎 雪待ハル @yukito_tatibana
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