誰もいない森で折れたヤシの木

羽暮/はぐれ


 ――闇。


 たちこめる霧の奥から、丸顔にグラサンの老人が、微笑を湛えてやってくる。

 背は小さく、ひょろりとしている。黒いスーツがよく似合う。


「『神様』と聞くとよく、空の上を思い浮かべます」


 男は革靴ローファーの動きを止め、誰にともなく言う。


「しかし、あの『バベルの塔』のモチーフであるジッグラトという建物は、たった91mしかなかったそうです」


 男の足元で、なにか小人のような黒い群れが湧き出すと、それらは土を集め、ねじくれたオブジェクトを建築した。

 それは塔であり、男の耳元に達している。小人らは塔に昇りつめると、なにか雑音を発しはじめた……男は耳を傾ける。


「しかし神様は、そのちっぽけな塔を打ち壊してしまわれました。そうすると案外、神様というものは近くにいたのかもしれませんね」


 男が気まぐれに足を踏み出すと、その脆く尖った塔は、一蹴にして倒壊した。霧の奥に、男の背姿が消えていく……


 ――


 稚内 友則わっかない とものり、ピン芸人。

 "余興のニューウェーブ"とも呼ばれる芸風は、業界でも無二である。

 

 彼が得意な『ツッコミどころが多い架空のゲームにツッコみ続ける』というネタはほぼ実在するゲームのパクリであるが、お茶の間からの人気は厚い。


「いやあ、今日もTwitterはオモロいな。何も考えんでも毎日ネタが転がってくんねん」


 ホテヘル嬢の肉感的な膝枕の上で、稚内は呟いた。


「お、このトレンドもおもろそやな。トロピカル因習アイランドて! なんやねんそれ!」

「何それ?」

「え? ちょっと待って、僕は今『なんやねんそれ』と言ったわけで、それに対して『何それ?』と聞くのはどういうつもりなの? 接客ナメてるの。ひょっとして? ……あ、ネタ書きたなってきた! はよ、帰って帰って!」


 稚内は情事を終えるとしきりに説教を垂れるクセがあり、ホテヘル嬢も「ああっ、はやく帰りてえ」と思っていた為、これは渡りに船であった。


「ほな、帰らせてもらいますわ」

「うん。…………あ、なんで関西弁やねーん!」 


 ツッコむ頃にはドアはバタンと閉じている。稚内はなぜかバラエティの仕事を貰えなかった。


「さ、ネタつくろ」

 

 稚内は右腕に常備薬おちゅうしゃを打ち込んだ。


――


 同時刻(2023/1/26/2:00AM)――南太平洋。


 イースター島の近海に突如、島と呼べるほどに巨大な岩塊が浮上した。

 島の表面は、瞬く間に草原とココヤシの木に覆われ、葉葺はぶきの家や、神を祀るモニュメントなどが次々に乱造された。


 時を同じく、一人の少年が無から生じる。


「なんやここは……よう分からんけど、僕の名はジンナイである気がする」


 煙霧のない空に銀月が浮いて美麗。

 など言うてる間に、ジンナイの前には看板付きの門が建っていた。


「む。『WELCOME TO 脳ミソ食べ食べアイランド』……?」

【いやなんちゅう村やね~~ん!!】


 ジンナイは驚愕した。

 闇と星の瞬く天から、声がしたからである。

 そして村の奥からは、心腑を震わせるEDMの重低音がドンツードンツー、流出している。


【お、選択肢や! えーと『村に入る』『ゲームをやめる』 いや辞めるかぁっ! 買ったばっかやのに】


 声が何を言ってるやら見当もつかないが、ジンナイは村に足を踏み入れようと思った。

 なんとなく、そうしたかった。

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