クズと訳アリ娘の未観測予報
猫神流兎
序章
★クズニートと引き籠り娘な被害者
梅雨の終盤に差し掛かろうとしている頃。
夢や目標は学生時代に全て挫折し、潰えた。卒業と共に残ったのは何も成し遂げられなかったこの体たらくだけ。死ぬのは怖いから自殺はしない。だからと言ってバイト探しや就職活動をする意志も無く、ただのうのうと生きている。
とどのつまりニートである。
今日も今日とて無駄に時間を消費するためだけになけなしのお金を使ってゲームセンターに行った帰りであった。
六月特有のジメジメとした湿気を感じる暑い夕焼けを背に人目の付かない高架下の短いトンネルを歩いている。
この道の近くの車が多く通る明るく煩い国道を歩けば直ぐに帰れるが、ニート歴が一年を超えたあたりから人の目線が気になって仕方がなくなり、自然とこの道を選んでいった。結果、遠回りをして帰宅している始末である。
抜けた先は辺り一帯、遠くを見渡せるほど開けた再開発地域だ。
更地の上にそこはかとなく散らばっている建てかけのビルや重機。道路は途切れていたり繋がっていたり、フェンスで通行止めになっていたりして視界は良好なのに巨大な迷路になっている。
なにやら仁翔が歩いている道先にあるこの地域でシンボルになるだろうと予想される一際目立つ造りかけの巨大なインターチェンジを支える二本の柱の間から、不愉快な声でバカ騒ぎしているようだ。
「『再開発地域に現れるパーカーを着た美少女』……掲示板サイトの通りだったっすね、兄貴。流石は都市伝説と謳われるサイトっす」
「そうだなぁ、半信半疑だったが信じて良かったわ。こうして人通りもない場所で堂々と追い詰めることが出来るんだからな!」
この辺りに人が住むような建物も
この辺りで屯っているだけであれば仁翔も無視を決め込むのだが、会話内容が不穏なのでそうも言ってられない。
丁度、柱の陰で姿が見えていないので声のする方へ極力音を立てないように歩幅を大きく大胆に近づいて行く。そして恐る恐る柱から顔を出して様子を窺った。
一人の少女が二人の暴漢に追い掛けられている。少女は恐怖のあまり過呼吸になり足元が覚束ない中、逃げるのに必死だ。対して暴漢二人は余裕があり弄んで楽しんでいるようだ。
何方も仁翔の存在には気が付いていない。
「兄貴、もう捕まえてヤりましょうぜ!」
「鬼ごっこも飽きたし、とっとと捕まえて犯すとしよう」
ゲラゲラと醜悪で下品な笑いをしながら暴漢はジリジリと少女の逃げ道を無くして仁翔から見て奥の方の柱へ追い詰めていく。
柱に追い詰められた少女は壁を背にしてへたり込んでしまった。
「――あっ、ヤバい。何してんだ俺、早く通報しろ、カス……!」
後少しで少女の身体に暴漢の手が触れそうなところで思い出したかのように仁翔はスマホを取り出し、馬鹿みたいに傍観していた自身を小声で罵倒しながら百当番に電話を掛ける。
焦る脳内。動揺で呂律が上手く回らず要領を得ない状況と場所の説明に手間取る最中、必死に電話の向こうにいる警察官に伝えきったその時だった。
「キャアアアアアアアアッ‼」
驚いた仁翔は反射的に見る。
女の子が暴漢たちに捕まって一人は身体を押さえ付け、もう一人は服を捲り女の子の身体を
流石に近距離で大きな叫び声を聞いた暴漢たちは手を止め、軽く耳の調子を確かめている。
(警察に電話しているだけじゃ時間が足りない。ヤバい、どうするべきだ。俺がやるしかない。今は俺しかいない。言えよ、行けよ……此処が自分の正念場だろ。馬鹿になれ! 阿保になれ!吐き捨てろ! 唸れ! 叫べ――!)
少女自身のお陰で少しだけ猶予が出来たが、焦りに焦ってノリと勢いに身を任せた仁翔の意味不明な思考回路で導き出された結論は一つ。
通話中のスマホを柱の陰に投げて仁翔も先程の少女の叫び声と同等以上の大きな声で叫んだ。
「ウワアアアアアアアッ‼」
流石に全員が柱の陰にいる存在に気が付いて一斉に仁翔がいる方向を見たので思い切って柱の陰から姿を現す。
暴漢たちは苛立ち歪んだ表情を、少女は絶望に満ち諦めたような表情をしていた。
(こっわ……マジこっわ)
仁翔の足が小刻みに震えているが何故か口元は緩んでいた。
ここで逃げるという選択肢はなかった。だからと言って立ち向かう勇気など持ち合わせていない。何も考えずにただ奇声をあげて現れたただの阿保だ。
つまり、飛んで火に入る夏の虫状態。
(やっべ、どうしよう。なんか喋っているけど分からんて。こちとらパニくり中じゃい! 指の関節ポキポキ鳴らしてこっちに近づいてきてる――ああもう、どうにでもなれぇ!)
いつの間にか暴漢の一人が殴りかかってきていた。その拳が仁翔の視界いっぱいに覆う。咄嗟に両腕でガードをするがガードした腕ごと吹っ飛ばされ地面に叩きつけられてしまった。
「うぐぅっ……!」
ぐぐもった声が仁翔の口から漏れる。
追撃は無いが今の一発で両腕に相当なダメージが入り痛みも凄いはずだ。普通だったらのた打ち回るレベルだろう。だが仁翔の脳は今、アドレナリンがバーストしている。どぱどぱだ。お陰で痛みはほぼなく直ぐに立ち上がり距離を取って体勢を整えることが出来た。
仁翔の勝利条件は警察が来るでの間、自分に注目を集めて時間を稼ぐこと。勝つことは難しくても時間稼ぎくらいなら意識を飛ばさない限り出来ると踏んだ。
(負け試合は慣れている。怪我には慣れている。痛みには慣れている。焚き付けろ、俺のハートビート――っ!)
喧嘩素人の仁翔はそんな無駄な中二病的思考した隙を付かれ腹に一発食らった。
「――ぐはっ!」
意識外からの攻撃に耐えられるはずもなく地面に突っ伏した。更に追撃とばかりに何度も蹴られる。
なんとか頭を守っている最中、思いついた打開策は人類最古の武器に属すると言っても過言じゃない爪と歯による攻撃だった。
(人を嚙むのは幼稚園以来……いや、小……中学校以来か)
なんて頭に過りつつ、爪の隙間に入る血や口に入る脛毛と汗の味等は気にせず必死に爪と歯を脛に食い込ませる。すると仁翔を剥がそうと暴漢は躍起になり踏みつけ始めた。
永遠に感じるほど何回も何回も踏み続けられていると遠くからサイレンが聞こえた。
思ったより早く警察が来たようだ。
仁翔に嚙まれている男が女の子を押さえていた男に何か言うと、最後だと言わんばかりに思いっ切り蹴られた。警察が来たことの安堵感で力が無意識に力が緩んでいた顎は脛から外してしまい逃げられてしまった。
ゴロッと仰向になり大の字になって逃げていく暴漢たちをぼやけた視界で見送るとアドレナリンで緩和されていた痛みが徐々に戻ってきた。
(クソ、痛ぇ……ん?)
服が
深く被られたパーカーのフードから覗かせる顔は少しこけている頬に薔薇のタトゥーが彫られており、儚気で可愛らしい。けれど、危うく何処か放っておけない雰囲気を醸し出していた。
(絵になる子だなぁ)
琥珀糖のような綺麗な瞳から大粒の涙を零して手を濡らされていることなどどうでも良くなるくらいに仁翔は少女の顔に釘付けになっていた。
「あの、この辺りで通報したのはあなた方ですか?」
「ひゃっ――」
「――っ!」
急に声を掛けられた少女は思わず膝を開いて撫でていた手を地面に落としてしまい、仁翔の腕に激痛が走る。声に出さなかったが顔を思いっ切り顰めた。
いつの間にかパトカーが近くにとまってり警察官が二人駆け付けてくれていたようだ。
腕を中心に身体中痛い最中、大丈夫か尋ねてくれる警察官に逃げていった暴漢のことを話す。
無線で情報共有してから救急車を呼ぶかどうか聞かれた仁翔は腕やお腹周り、背中が痛いが我慢して歩けるので、通話しっぱなしだったスマホを回収してからパトカーに乗り病院に行くことになった。
警察官と共に病院にいる間に二人の暴漢はは直ぐに見つかりその日の内に現行犯で逮捕された。どうやら事の経緯が全て近くの監視カメラに映っていたので追跡が楽だったとか。
後日。
女の子を襲った二人の内、仁翔が嚙んだ相手は他にも余罪が出てきて裁判を始めるに少し時間が掛かるらしいと被害者の女の子側に付いた弁護士から連絡が仁翔の元に来た。現行犯という事で今年中には裁判が始まり来年度が始まる前、一月から三月以内には終わる予定とのこと。
裁判に関しては治療費さえ請求出来れば良いと仁翔は考えている。問題なのは賠償出来る経済力の有無とかでうやむやになって泣き寝入りにならないかだが、その辺はしっかり払わせると豪語されたので全て任せる形になった。
そんなこんなで、暴漢から人を助けるという初めての経験としては上々のオチだと自負している仁翔は裁判関係が終わればまた元の言い訳しながらの職探ししている振りをするニート生活に戻るだろう。
そう思っていた――。
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