恋降る夜に恋をして

綾結

はじまりは突然に

『久しぶり!元気にしてる?もうすぐ同窓会だね。行けそう?』


 今夜も遅くまで残業。帰りにコンビニで買ってきた夕飯を食べ、お風呂をすませるとあとは寝るだけ。


 冷蔵庫を開けて冷えた缶をひとつ取り出し、ベッドの前にある小さなテーブルにコトンと置いて、ベッドを背もたれに腰を下ろした。


「疲れた……」


 右手を左肩に乗せて頭を左右に振り、ゆっくり一周まわしたところでテーブルにある缶を開け一気に流し込む。


「うまいっ!」


 一人暮らしをしていると、ついつい心の声がダダ漏れに出てしまって自分でも笑える。


 こうして毎晩、仕事帰りにコンビニでアルコール度数の低いチューハイを買ってお風呂上りに飲みながらスマホのチェックをすることが日課になっていた。


 メッセージを見ると、同窓会の案内が入っていた。

高校の卒業式で、五年ごとにクラスの同窓会をしようという話になり、もうすぐ十年になる頃だった。


 五年目初めての同窓会では、みんな服装やお化粧も随分大人っぽくなっていて、男子は学生の頃とは違う髪型になり、あの頃とはみんな雰囲気が違って見えた。


「そっか、もうそんな頃か……」


 行きたい気持ち半分、複雑な気持ち半分。

高校で仲のよかった親友、茉莉まりへメッセージを送ってみたのだ。


『今のところ、行くつもりだよ』


 缶チューハイを飲みながらテレビを見ていると、五分足らずで茉莉からの返事が返ってきた。


 そうなんだ、じゃあ行こうかな……

 でも、晴人はるとも来るのかな……


 そう思うと、もうずいぶん経つのにまだ心がざわついてしまう。


 晴人との出会いは高校三年生の時だった。茉莉と晴人の親友じゅんも同じクラスで、卒業するまで一緒に過ごしていた。


 茉莉は他校に幼馴染の彼がいて、恋愛に関しては先輩的存在。


 気になる晴人の相談をしているうちに、うまく四人グループで行動するようにしてくれたのだ。


 卒業間際のバレンタインでやっとの思いで晴人にチョコレートを渡すことができたけれど、 “好きです”とか “付き合ってください”なんてことは言えなくて「これ、あげる!」と言うのが精いっぱいだった。


 茉莉は気を利かせてくれて、それからはよく晴人と二人で最寄り駅まで帰るようになった。


 だけど卒業式の日を最後に、グループで連絡を取ることも集まることもなくなり、みんなそれぞれの大学へ進んでいった。でも、茉莉とはたまに連絡を取っていた。


 晴人にとって私は、ただ仲のいい友達グループでしかなかったのかな。

 あの時もっときちんと気持ちを伝えていればなにか変わったのかな。


 もう十年も経つというのに、学生時代のあのなんともいえない曖昧な関係と、自分の勇気のなさに今更ながらため息が出る。


『そっか、じゃあ私も行こうかな。晴人も来るかな?』


 晴人と潤はサッカー部で、茉莉はサッカー部のマネージャーをしていたから、もしかしたら何か知っているかもしれないと思い聞いてみることにした。


 晴人と潤とは、五年ぶりに同窓会で再会したものの席も離れていたのでなかなか話す機会もなく、晴人はこれから出張の前泊だから二次会には行けないという話し声が聞こえてきた。


 一次会がお開きになり、店先で晴人が順にみんなから声をかけられている姿を横目にしつつ、私は見て見ぬふりで自分からは近寄ることも、話しかけることもできなかった。


 そんな様子を見ていたのか、隣にいた茉莉が話しかけてきた。


冴彩さえいいの?晴人帰っちゃうよ」

「うん……」

「次は五年後になるかもしれないよ?」

「うん……わかってる。でも、なにも始まってなんかなかったし、なにもない関係だったから」


 すると潤が、優しい声で話しかけてきた。

「冴彩、いいのか?あいつ、近々海外へ転勤になるって言ってたよ」


 ──えっ?


 その言葉を聞いて、なんだかもうじっとしていることができなくて、思うより先に声が出た。


「晴人!またね!」

「おうっ!またな冴彩!」


 晴人は軽く手を挙げそう言うと、背を向けて歩き出した。

私は少しだけ挙げた右手を握りしめ、見えなくなるまでずっと見送っていた。


『晴人、帰国してるよ。まだ忘れられない?』


 そうなんだ、もう帰ってきているんだ。


 五年前のあの時、見送った背中を眺めていると、知らないうちに涙が頬をつたっていたっけ……。


 勇気を出して声をかけると、笑顔で答えてくれた晴人。

今までつっかえていた気持ちがすーっととれたように思えた。


 もっともっと早く声をかけることができていたら、また四人で集まれたのかな。


 そんなことを今更思っても仕方ないのはわかっているけど、そのころのことを思い返す。


 大学に入ってから彼女ができたらしいと茉莉から聞いていたし、そこであえてどうこうすることもないよねと、これは単に私自身のこじらせた片思いだったんだなと思うようにしていた。


 私は大学のアウトドアサークルに入り、そこで仲良くなった先輩に告白されて、とりあえずお試しでもいいからと押され付き合うことになった。


 けれど、言いたいことが言えない自分と、はっきりなんでも言ってくる先輩。


 言われるがまま一緒にいるだけで、なかなか本音が言えない私とうまく続くわけがない。


「冴彩ちゃん、俺のことどう思ってる?」


 半年ほど経った頃、そう言われて初めてこの関係がお互いに無理があると感じていることに気がついた。


「冴彩ちゃん、別れよう。冴彩ちゃんが心を許してなんでも話せる人じゃないとだめだよ」


 先輩の言葉は心に響き、今でも覚えている。


『ううん、今はいい思い出かな。そう思うようにしたんだ。元カレにね、ちゃんと心許して話せる人じゃないとだめだよって言われちゃった』


 ほんとそう。自分でもそう思う。


『いい人だね。でもそうだよ、なんでもちゃんと伝えなきゃ伝わらないよ』

『うん。これからはちゃんと伝えるようにしなきゃと思ってる』


 今思えば、先輩はなにも自分のことを言わない私に、最後の最後まで気づかってくれていたんだ。


 今は仕事が忙しくて、彼がほしい、合コンへ行きたいと思える余裕もなく、家と会社の往復の日々を送っている。


『今、そういう人いるの?』

『いないよー。仕事忙しくてなかなか出会いもないし。そっちはどう?』


 缶チューハイをゴクゴク飲みながら、最近、茉莉はどうしてるのかな?と聞いてみた。


『今ひとりなんだ。想っている人はいるけど』


 えっ?別れたの!?

 うそ!ほんとに?


 茉莉と最後に会ったのは一年前。

 その時は、高校から付き合っていた彼とそろそろ結婚の話も出ていると聞いていたのに、わかんないものだなぁとなんだかしみじみしてしまう。


 今度会った時に、ゆっくり聞いてみよう。

 でも、あれ?今、好きな人はいるんだ?


『告白しないの?思ってることは言わないとね』


 自分はできもしないのに、人のことだとすらすら言ってる自分がおかしすぎる。

 ちょっと飲み過ぎたらしい……。


 いつもは一本だけなのに、今夜は既に二本目がもう空になりそうだ。


『うん、そのつもり。今度会った時に言おうと思ってる』

『報告楽しみにしてるね』


 そっか、そうなんだ。茉莉もいろいろあったんだね。


 そう思いながら空になった缶を片付けて時計を見ると、もう日付が替わろうとしていた。


 寝る身支度をして照明を消し、ベッドに横たわると酔いがまわったのか今にも寝そうだった。


 ブッブッブッ……


 暗がりでスマホの着信ランプの光に目を細めながら見ると、茉莉からのメッセージだった。


『わかった』


 たったひとこと、その文字を確認したところで意識が遠ざかり、夢の中へ旅立ってしまった。


 それから同窓会の日まで仕事に追われ、しばらく茉莉と連絡を取ることはなかった。


 同窓会前日の夜、『用を済ませてから行くので、先に店に入っていてね』と茉莉から電話が入った。


 五年ぶりにまた会う同級生。

はじめましてじゃなくても、やっぱり一人で行くのは緊張してしまう。


 受付には、元学級委員長が立っていた。


 また仕切ってくれてありがたいと思いつつ、いつまでたっても委員長なんだなぁと思うと吹き出してしまった。おかげで緊張もほぐれたようだ。


 店内へ入ると、五年ぶりとは全く思わせないぐらい盛大に盛り上がっていた。


 一番奥のテーブル席では体育会系のメンバーが集まっていて、その中に晴人の姿を見つけた。


 みんなと楽しそうにしている様子を見ていると、この五年の間に海外赴任があったことなんて考えられないぐらいだ。


 茉莉は時間ギリギリに駆け込んできて、今はサッカー部の人達の輪に入り話し込んでいる。


 そして私はというと、潤と一緒に二人肩を並べてお酒を飲んでいた。


 学生の頃、潤とはあまり話す機会はなかったと思う。そう思い返すと、いつも隣でなにも言わずとも存在感はある人だった。


 晴人のことを目で追っていると、時々、潤と目が合ってしまってはドキドキしていたな。晴人への気持ち、バレたかなって。


 決してなにかそのことを言われたことはなかったけれど、気づいて気づかぬふりをしてくれていたのかもしれないなと、今頃になって思う。


 そう思うと潤という人は、気づかいと思いやりがある人かもしれない。


 そんなことを考えていると、突然、潤から話しかけられ危うくグラスを落としそうになり、少しこぼしてしまった。


「ごめん、いきなり悪い。大丈夫?」

「あ、大丈夫、大丈夫」


おしぼりで、濡れたテーブルを拭きながら潤の方を見て答えると、なんだか少し微妙な顔つきをしている。


「大丈夫じゃないだろ」


 潤は私の手からおしぼりを取り、テーブルを拭きながらそう言った。


「ありがとう」


 お礼を言いながら、ちょっとしょんぼりな感じで肩をすくめる。


「うん。で、もうあっちは大丈夫なのか?」


 チラッと晴人の方を見ながら聞いてきた。


「ん?晴人のこと?」


 まだ気づかってくれているんだと思うと、顔がほころんでしまった。


「うん。え、なに?なんで笑うの」

「いや、潤って優しいね」


 普段こんなことなんて絶対言わないし、言えない。


 同窓会という、気の知れた人達ということと、お酒を気分よく飲んでいるせいだろうか。


「知らなかった?」

「うーん……でも、ほんとそう思ってたよ、高校の時もたぶん」

「ほんとかよ」

「いや、今、気がついた」

「遅いわっ」

「イタッ」


 潤に軽くデコピンされて、大げさにイタタタと痛いふりをして笑いながら潤を見ると、目が合った。


「あのさ、今、話していい?」

「はい、なんでしょう?」


 首をかしげ、わざとらしくにっこり笑顔で返すと、潤が真顔で話しはじめた。


「俺、冴彩が好きだ」

「へっ!?」


 な、なに言ってるの、この人!?


 両手を頭に抱え、頭の中は大パニック。


「言っただろ?今度会った時に言おうと思ってるって」

「え、誰に?えっ、なに!?」


「想ってる人に……って、何度も言わすなっ」


 ピシッとまたデコピンパンチが飛んできた。


「ちょっと待って、えっと……それって?」

「冴彩、おまえ勘違いしてただろ」


 そう言いながら、口元は微笑んでいるけれど、顔は笑っていなくて怖すぎる……。


「勘違い……?」

「そう、冴彩、茉莉と勘違いして俺にメッセージ送っていたんだよ」


 ──なんですって!?


 ちょ、ちょっと待って、もしかして私!!


 慌てて鞄の中からスマホを取り出し、メッセージの確認をしてみると、茉莉と潤のアイコンが同じキャラクターのクマのイラストに、名前は茉莉の“まり”と、松村潤の“まつ”で二人ともひらがなになっていた。


 そう、潤はみんなから“まつ”と呼ばれていたのだった。


「なんで教えてくれなかったのよっ!」

「いや、最初は気がつかなかったんだ。でも、元カレの話まで──」


「いやぁーっ!もうやめてーっ!!」

「だから、もう一回言うな。俺は冴彩のことがずっと好きだった。付き合ってほしい」


自分が勘違いして、潤に晴人のことや元カレのことをメッセージで送っていたということが、あまりにも恥ずかしすぎて、もうなにを言われているのか、なにがなんだか理解できない。


 ドキドキは絶好調、熱くなった頬を両手で挟んだり手でパタパタとあおいでいると、次の言葉が投下された。


「で、報告しないといけないんだけど?」

「だ、誰に?」

「メッセージをくれた人に。報告をたのし──」

「きゃぁー!わかった、わかったってばっ!」


 そうだ、そうだった。

 私が言ったんだ、報告を楽しみにしていると。

 はい、もう全てわかりましたよ……。


「ごめん、ごめん。ちょっとやりすぎた」

「うん。やっと理解したよ……」


 ゆっくり潤の方を見上げると、少し言いにくそうに話しはじめた。


「いいよ、無理しなくて。これは約束だったから。今度会ったら伝えるって」


 潤は恥ずかしそうにそう言うと、「ごめんな突然」と呟いた。


「あの……えっと……前向きに、検討します……でもいい、かな?」


 潤となら、自分が自分らしくいれるんじゃないかと思えて、ふり絞るように小声でなんとか言えた。


「え、いいの?それほんと?」

「うん、だって約束したから。ちゃんと思っていることを伝えるって」


 そう言って、二人で笑い始めた時に──


 「はーい!ちゅうーもーくっ!!まつが、冴彩に告白したぞー!!」


 学級委員長に見つかったらしい……

 しっかり今でもいい仕事をしていらっしゃる。


 思いがけなくはじまったメッセージトークがきっかけで、潤と向き合うことができた。


 これからはちゃんと言葉で伝えていこう。

 勇気を出して。


✼✼┈ END ┈✼✼

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恋降る夜に恋をして 綾結 @ayamusubi2022

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